Epilogue





 鈴を転がすような音が聞こえた。なんの繋がりも無く、思い出したように鳴らされる音の欠片
が互いに手を取り合い、徐々に一つのメロディーを築きあげる。
 それは物哀しく、どこか懐かしい音楽だった。けれど耳を澄ましても、その全体像を知ること
は叶わない。触れればあえなく崩れ去ってしまい、決して掴み取ることの出来ない蜃気楼のよ
うに脆いメロディー。初めて耳にするようでもあり、生まれる前から知っていたようでもある、不
思議な音楽だった。
 ドラコが立っているのは目を閉じているのか開いているのかさえ分からない、真っ暗な闇の
中だった。淀んだ空気が重苦しく圧し掛かり、全身を倦怠が包んでいる。先ほどから続いてい
るメロディーがより大きく響きだした。響いているのは黒で塗りつぶされた空間にか、それともド
ラコの内側にか。気だるさを伴った疲労を感じて、ドラコは瞼を閉じた。そのまま、浅いまどろ
みへと引きずられていく。

 その時、暗闇が支配する空間を切り裂き、一条の光が差し込んだ。

 最初は針の先で突いた点のようでしかなかったそれは、見る見るうちにドラコの背丈と同じく
らいにまで広がっていった。
 眩しさに眼を細めながら、そちらへ一歩足を踏み出そうとした瞬間、ドラコは自分の身体が動
かないことに気づいた。光のおかげで見ることが出来た自分の手足に、無数の黒い触手が絡
まっている。闇から生まれたようなそれらは、抗いがたい力でドラコの動きを完全に封じてい
た。
 行けない―――自分はあの光の中へ入っていけないんだ。そう思うと無性に悲しくて、どうし
てか分からないけれど涙が止まらなかった。
 鳴り止まないメロディーは狂ったように大きな音で響き渡り、鼓膜が引き裂かれそうだった。



「ドラコ」



 誰かが名前を呼んだ。それはなぜか、ヒステリックな音楽の壁を突き抜け、真っ直ぐにドラコ
の耳へ届いた。
 白い光がどんどん大きくなっていく―――やがてドラコは自分が、暖かな光に包まれたのを
感じた。










「そろそろ起きられる? もうお昼になっちゃうよ」

 暗闇の中で名前を呼んでくれたのと同じ声がして、優しく髪を撫ぜられる感触がした。

「いいお天気だよ。美味しいものでも食べて栄養補充をして、それから新しい部屋を探しに行こ
うか」

 閉じた瞼の裏側で、白い光を感じながらドラコは、声のした方へ身を寄せていった。

「…ドラコ?」

 剥き出しの肩を、暖かで大きな手が包む。ドラコはそっと目を開けた。

「おはよう」

 にっこりと微笑んでいるのは、新緑を映したエメラルドグリーンの瞳だった。額にかかった前
髪の隙間から、不恰好な稲妻の傷痕が見えている。

「―――夢じゃなかった」

 緑色の瞳に魅入ったままぼんやりと呟くドラコに、ハリーが怪訝そうな顔をする。

「全部夢かと思った…醒めたらまた、一人ぼっちになってるんじゃないかと……」

 全部言い終わる前に、唇はハリーのそれで塞がれていた。

「夢じゃないよ」

 これからはずっと一緒だ、とハリーは囁く。ずっと傍に居て、僕が君を護ってあげるから、と。
 ドラコの還るべき場所は唯一……ここなのだから。
 そう言って、ハリーはドラコを抱き締める腕に、力をこめる。
 かすかな痛みさえ覚えるほどの力強さだったけれど、それがひどく心地良かった。

「よく還ってきたね」

 愛おしげにドラコへ再び口付け、ハリーは言った。ずっと言いそびれていた、おかえり、の一
言を。ドラコは一瞬、驚いた顔をしたけれど。



「ただいま……」



 やわらかく、あたたかな笑みに顔をほころばせ、ハリーを強く抱き締め返した。








The End .