「Trick or Treat!!」
そこかしこで交わされる他愛も無い、言葉遊び。
けれどそれは、お菓子がもらえる魔法の言葉。
一年で一度だけ、今日だけ使える―――甘い魔法。
Happy ☆ Happy ☆ Halloween
ぴょこんぴょこんと視界の端で耳が跳ねる。
ふわふわしたピンクのそれは似つかわしいとは言い難い、シックなシルクハットから飛び出し
ていたりする。
「3時、か。」
胸ポケットから大きめの懐中時計を取り出して、ドラコは時間を確認する。長針が約束の時
間まではあと数分だと教えてくれた。
「ちょうどいいか。」
廊下の天井から、当たり前のようにぶら下がっているオレンジのカボチャを意味なく突き、ド
ラコは心持ち歩みを速めた。
ケタケタ笑うカボチャばかりを集めた突き当たりを、目的の方向に曲がったその時。
「Trick or Treat?」
ふわりと甘い果物の香りが鼻腔をくすぐり、灰色の壁にオレンジのデコレーションだけだった
視界に、見慣れた緑が乱入してきた。
「ハッピー・ハロウィン、ドラコ〜〜!」
「ばかっ!暑苦しい!!!離れろ!!」
神出鬼没・・・・・・ドラコの行く先々にどういうわけか現れる確率の高い彼の恋人は、廊下とい
う公共の場所であろうとお構い無しに、出会いの喜びを全身で表現してくる。
たとえば今みたいに、ドラコが驚く暇さえ与えず、息が詰まるくらい抱きしめてきたり。
さすがに人目が無いことは向こうだって確認済みだろうが、抱き疲れた瞬間、成り行きをふざ
けた笑顔で見守っていたカボチャ共が爆発するように笑い出していた。
生憎ドラコにはカボチャに視姦される趣味など無い。
めちゃくちゃに腕を振り回し、なんとか相手を引き剥がすことに成功した。
「ポッター・・・・・・」
低く怒気を含んだ声と共に睨みつけてやるが、ハリーは唇を尖らせて肩をすくめただけだっ
た。
「こういうところでそういうことをするなと何度言ったら分かる!!!」
「えーだって誰も居ないからいいと思ってー・・・・・・大体ドラコが来るの遅いんだもん。」
「遅れてなんか・・・・・・!」
ムッとして右手に握り締めていた時計を差し出すより早く、ハリーのほうがそれより一回り小
さい懐中時計を突き出してきた。
3時―――12分・・・・・・??
「な、何でッ!」
自分の方を確認するが、そちらはやはりまだ3時前を指している。
「ドラコの時計、遅れてんじゃないの」
待ちくたびれてお出迎えしに来ちゃった。と笑顔で付け加えられて、たとえそれが事実であろ
うと素直に認めたくなくなった。
「失礼な!お前の方が進んでるに決まっているだろう!」
「ううん。ドラコだって。だってその格好」
指摘されて一瞬後、ドラコは抗議に開きかけた口を閉じざるをえなくなった。
そう。今日はハロウィン。
二人とも、いやホグワーツ中、魔法界中が仮の姿で浮かれ騒ぐ日。
そして、ドラコの仮装は―――
「アリスの白兎でしょ。それ」
遅れちゃう、遅れちゃうッ!と叫びながら、アリスを不思議の国へナビゲートする白兎。
遅刻の原因は遅れた時計。
「だからって・・・・・・!」
既に勝敗は明らかだったが、そう簡単に引けるはずもなくて。
ギッっと正面から睨みつけたところで、ドラコの関心はハリーの仮装へと逸れた。
「・・・・・・お前のそれはなんなんだ」
「ぼく?イカレ帽子屋」
ほら、と抱えたお茶の道具一式を見せられる。
ポットの注ぎ口から、ピンクの湯気が立ち昇った。先ほど出会い頭に漂った香りは、どうやら
これだったらしい。
そっと服装に目を走らせれば、瞳と同じ色の帽子とジャケットが良く似あっている。ドラコの燕
尾服ほどではないが、それなりにフォーマルな装いだ。
普段、だらしなく着崩れた制服姿しか見ていないので―――妙に新鮮で―――ドキドキす
る。
「ドラコ?」
黙りこんでしまったドラコを、ハリーが戸惑ったように覗き込む。
急に接近してきた眼鏡越しの緑の瞳に、ドラコの心臓は小さく飛び跳ねた。
いけない。
こんな風に、いつもこいつのペースに乗せられているようでは、絶対にいけない!!
否応なく上がってしまった心拍を無理やり抑えたつもりになって、ドラコはキッと顔を上げ、ハ
リーを正面から見据えた。
「と・・・・・・」
言葉が上手く紡げない。喉がからからに渇いている。無意識に舌先を覘かせ唇を湿らすと、
なぜかハリーの頬に赤味が差す。
そう、それでいい。お前も少しは焦れ!
「Trick or Treat!?」
ドラコの言葉に呼応するかのように、ハリーのティーポットから、ぽん、とピンクの湯気が立ち
昇り、見る見るうちに綺麗なハートを形作った。
Trick Treat 
あげるのは、どっち?
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