当のルシウスが両親を伴ってやってきたのは、7月も半ばのことだった。



 親族を迎える以上に青ざめた母と、厳しい表情をした父はマルフォイ夫妻と応接間にこもり、
ルシウスはベラトリックスが自室に招き入れた。ロドルファスはベラトリックスに何かいわれた
のか、朝からロンドンに出かけていた。ナルシッサも一緒に来ないかと尋ねたが、ルシウスが
来ると聞いていたナルシッサは考えるまでもなく断った。
 久しぶりに会ったルシウスは、家に入ってきたときこそ硬い顔をしていたが、ナルシッサが挨
拶をすると、少し柔らかな笑みを見せてくれた。変わらないその笑みに、ナルシッサは心からホ
ッとした。

「シッサ、悪いけどルシウスと話があるから」
 ベラトリックスに言われて、暗に部屋に近づくなという意味だと理解して、頷いた。ところがベ
ラトリックスはナルシッサに顔を近づけ、「紅茶を持ってきて。」と続けた。
 そんなことはハウスエルフの仕事なのに、とナルシッサは一瞬きょとんとしたが、ルシウスの
居る場所に行けるのなら何でもいい、と思い直してキッチンへ急いだ。
 ハウスエルフに二人分のお茶を用意させると、銀のトレーをしっかり持って階段を上がる。一
滴も溢さないでベラトリックスの部屋まで辿りついたことに、少々感動した。



 しかし。



「・・・・・・どうやってノックをしたらいいのかしら。」
 首を傾げて呟いたところ、ドアが少しだけ開いていることに気づいた。勝手に入れということな
のか。それとも声をかければいいのか。
 迷っていると、やけにはっきりとベラトリックスの声が聞こえた。

「で、どうするの?あの子はアンタにベタ惚れよ。分かってるだろうけど。」

 びくん、と体が震え、銀器が擦れる音がした。

「昨日までさんざん親族会議を開いて、アンタのご両親もOKを出してる。問題はアンタだけ
よ。」
 
 ルシウスが何か言う前に、中に入っていかなくては。これ以上何か聞いてしまったら、立ち聞
きということになってしまう。
 そう思ったのに、体が言うことをきかず、ナルシッサはだいぶ躊躇った後、ルシウスが答える
のを聞いてしまった。



「私は―――ナルシッサを妻に迎えるつもりはない」



 トレーを取り落とさなかったのは奇跡だ。自分の名前が出た瞬間、ナルシッサは全てを理解
した。


 あの子、ベタ惚れ、妻―――考えてみれば当たり前のことだったかもしれない。


 アンドロメダとルシウスの婚約には、多かれ少なかれ両家の意図が絡んでいる。
 純血でそれなりに力を持った旧家で、歳の近い男女といえばそれだけで相手は限られてく
る。
 アンドロメダの不始末の跡を、妹のナルシッサが片付ける・・・・・・一番分かりやすくて、一番
簡単な方法だ。
 しかしルシウスは今、ナルシッサを妻にするつもりはないと、はっきり言い切った。
 彼が自分を選ぶはずがないと分かってはいたが、じんわりと涙が滲む。


「・・・・・・アンタはあの子のことが好きだと思ってたけど。」

(ベラ、何てこと言うの!)


 慌てて止めに入りたかったが、完全にタイミングを逃してしまった。


「だって、楽しそうにしてたじゃない。シッサがじゃれてくると。・・・・・・アンドロメダと一緒のときよ
り、よっぽど嬉しそうに見えたわよ。」

 カタン、と椅子から立ち上がる音が聞こえた。

「ベラ、我々の左腕にあるものを忘れたわけではないだろう。」
「当然よ!」
 ベラトリックスがきつい声で、即座に言い返した。




「それが理由だ。私はナルシッサが・・・・・・好きだ。あの子と居ると幸せな気持ちになれる。」 




 足が震えた。
 ルシウスは今、なんと言った・・・・・・?
 ナルシッサのことを、好きだと―――




「―――だからこそ彼女とは一緒になれない。」


「馬鹿じゃないの。覚えてる?私も人妻なんですけど。念のため言っておくと夫とは相思相愛
よ。」
「お前の場合とは違う。彼女はまだ12歳だ。」
「結婚するのは17になってからでしょう。それなら十分よ。仲間になれるわ。」
 一瞬、沈黙があった。
「分かる?ルシウス。あの子も仲間になれるのよ。そうすれば・・・・・・ッ」
 掴みかかるような音と同時に、ベラトリックスが小さく唸った。
「ルシウス、痛い。」
 耐え切れずに、そっと中の様子を窺うと、ルシウスがこちらに背を向けて、ベラトリックスの腕
を掴んでいるのが見えた。


「止めろ・・・・・・」
 ルシウスの背中が震えている。

「あの子を巻き込むな。」
「アンタに関係ないでしょう。あの子は巻き込まれたがっている。」
「そんなはずはない!」
 ベラトリックスはルシウスの手を振りほどき、睨みつけるようにして言い放った。
「違うわよ。あの子はアンタの人生に巻き込まれたがっているって意味。そのためなら私たち
の仲間にだってなるでしょうよ。そうでしょ、シッサ。」

 弾かれたようにルシウスが振り向いた。

 隠れる余地など、なかった。
 カタカタと、銀器が耳障りな音を立てる。
 ベラトリックスが杖を振ると、ドアが完全に開いて、トレーがナルシッサの手を離れて宙に浮
かんだ。

「・・・・・・ごめんなさい・・・・・・」

 やっとそれだけ言うと、ナルシッサは廊下を駆け出した。