名前を呼ぶルシウスの声が追いかけてきたが、振り向けるはずもない。
何も考えられないまま、ナルシッサは玄関ホールを駆け抜け、庭へ飛び出した。
整然と手入れされた庭園の垣根に寄りかかり、小さくなってうずくまる。
「ルシウス・・・・・・」
そっと名前を紡いだ。
優しく、甘く。
好きな人の名前を。
好きになってしまった人の名前を。
「・・・・・・ナルシッサ・・・・・・」
頭上から声が降ってきて、ナルシッサは文字通り飛び上がった。
「ルシウスさま!?」
垣根に反対側から寄りかかり覗き込んでいる状態のようだが、ルシウスはハアハアと息を切
らしている。
ジャケットはベラの部屋に置いてきたままのようだし、ネクタイが捩じれ、いつも綺麗に梳かし
ている髪も、走ったせいで乱れてしまっている。
「・・・・・・聞いたのか。」
咎められて、顔が火照る。立ち聞きなんて最低の行動だ。そんなことは分かっている。でも。
「聞きました。」
ルシウスの言葉を忘れられるわけもない。
「―――最低な告白になってしまったな。」
「いいえ。」
自嘲ぎみに口元を歪めるルシウスに、ナルシッサは垣根越しに手を伸ばした。
ルシウスの腕を辿り、手に触れる。
「最高に嬉しかったです。」
手の形を覚えるように包み、ナルシッサはルシウスを見つめる。
そしてルシウスの手の甲に
「でも」
思い切り爪を立てた。
「い・・・・・・ッ・・・・・・!」
予期せぬ攻撃に、ルシウスが苦悶の表情を浮かべる。
「悲しかったです。」
食い込ませた爪を容赦なく捻ってやる。
「私はまだ子供で、ルシウスさまに相応しくないことくらい、十分承知しています。それでも私は
ベラの言う通り、ルシウスさまに巻き込んでいただきたかった。なのにルシウスさまは私を巻き
込んでくださらない。」
何回も瞬きをして、零れそうになる涙をごまかした。
「それが悲しかったんです。」
ルシウスが口を開きかけたが、しゃべる隙を与えず話し続けた。
今言わなかったらきっと一生、伝える機会なんてない。
「私はルシウスさまを幸せにして差し上げたかったんです。」
ルシウスの手の甲が、うっすらと腫れている。
顔を見なくて済むように、爪を立てた跡を見つめてナルシッサは続けた。
「私はルシウスさまのためになら、なんだって出来るし、なんにだってなってみせます。ルシウス
さまがお望みなら、ホグワーツを退学して、今すぐ妻になります。クィディッチ・チームが作れる
くらい子供を産んで、ルシウスさまを幸せにして・・・・・・・」
言いながら、ナルシッサはボロボロと泣き出してしまった。
酷い顔になるのは分かっているが、仕方がない。
「絶対・・・ルシウスさまを・・・・・・幸せに・・・・・・」
しゃくりあげながら、自分でつけた傷跡にキスをした。
ふわり、と髪を撫でられた。
「ナルシッサ―――」
呼ばれた声音に、ナルシッサは自分がルシウスを呼ぶときと、同じものを感じ取った。
「ルシウスさまの時間に私を巻き込んでください。」
ほとんど聞き取れないくらいの声で、告げた。
「アンの代わりでもいいですから、私をルシウスさまの隣においてください。」
突然グイ、と髪の毛を一房、引っ張られた。驚いて顔を上げるとルシウスの顔が距離のない
ところにあって―――つまりキスされていた。
唇に。
「あなたはあなただ。誰の代わりでもない。」
ちょっと怒ったように言われたが、ナルシッサの耳には届いていない。
突然の口付けに完全に硬直してしまっている。
ルシウスは苦笑して垣根の上に身を乗り出すと、ナルシッサを抱えあげて軽々と自分のいる
側に着地させた。
そこまでされてもナルシッサは身動き一つ出来ない状態で真っ赤になっている。
「ナルシッサ、今はまだあなたに言えないことがある。」
真剣な顔でそう伝えると、ナルシッサはようやく焦点のあった瞳でルシウスを見た。
「いつか必ず―――時がきたら伝える。あなたが私と共に生きていくかどうかは、その時決め
て欲しい。ただ・・・・・・それまでは私と一緒に居てくれるか?」
「ずっと一緒です。」
そっと手を伸ばして、ルシウスの背に手を回す。
「何があっても、ルシウスさまが何を望まれても、私はお傍にいます。」
恥ずかしすぎて、彼の顔を見られない。
照れ隠しのつもりで肩口に顔を埋めたら、ますます恥ずかしくなってしまった。
「ずっとお傍にいていいと、約束してください。」
ナルシッサの言葉に、ルシウスは彼女の左手を取った。
「薬指に指輪を?」
白く柔らかな手は、初めて会った時と同じように暖かかった。
しかしナルシッサは一瞬、意味を理解しかねるように彼を見つめた後、首を横に振った。
代わりに差し出されたのは立てられた右手の小指。
「約束は、小指に。」
ルシウスの指が絡まり、二人は小さく絡めた指を振った。
幸せな願いを込めて―――
ちょっと長くなってしまいましたがルシナル婚約編でした。
一応これにてルシナル恋物語は一段落ですが、まだ結婚編と新婚編と出産編(殴)を書きたいvvと思ってます。
ちなみに恋物語のタイトル「乙女の祈り」「ユング・フラウ」「叶えられた願い」は全てバダジェフスカという女性作曲家
の曲名からもらってきました。
「乙女の祈り」以外はほとんど知られていませんが、どれもちょっとオシャレで可愛い感じの曲です。
はるか的ナルシッサのテーマミュージックです☆

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