骨董品のごときドレスローブに、いい加減引退させてやれと言いたくなるような革靴、いつも
どおりボサボサの赤毛と冴えない縁無し眼鏡。
見間違えるはずもない。
「ルシウス」
おずおずと、アンドロメダが腕に手をかけてきてルシウスは我に返った。
気付けば新しい曲が始まっており、ベラトリックスは満面の笑みで年上の男からの誘いを受
けていた。
「私たちも……?」
彼女にとっては最大限の勇気を振り絞っての誘いだったに違いない。本来ルシウスの方か
ら、未来の婚約者に踊りを申し込むべき立場だったというのに。
最初の曲をベラトリックスに付き合わされてしまったルシウスを、アンドロメダはただ壁際でじ
っと見つめるだけだった。だから。
「……もちろん」
グラスは手を離しさえすれば、自分で然るべきところまで戻っていく。
空いた手に添えられたのは、作り物のように華奢で、綺麗な指先だった。
4分の3拍子に合わせて、ステップを踏む。
互いの呼吸を感じて、互いの呼吸に身を委ねて。
視線だけで想いを伝え合って。
ダンスの教師からそう教えた。
けれどルシウスは知っている。
そのふりをするだけでも、ワルツくらい、十分踊れる。
呼吸を感じるふり、身を委ねるふり、思いを伝え合うふり。
相手を誤魔化すのではない。自分自身がそう錯覚するよう、感覚を導いてやればいいだけの
ことだ。
それなのに。
「……ッ…」
「おっと……」
ターンのタイミングがずれ、アンドロメダが別のカップルの男性と衝突した。
「申し訳ない!」
バランスを崩したアンドロメダを慌てて支え、なんとか転倒は免れた。
ぶつかられた方も大したことはなかったようで、軽く会釈をしてまた踊りに戻っていく。
「大丈夫よ。ルシウス」
紡ぐ言葉が見つからず、いつに無く困った様子のルシウスにアンドロメダは微笑んだ。
「あまり踊りは得意じゃないの。私は見ている方が合っているみたい」
照れたように付け加え、アンドロメダはそっとルシウスの手を自分の肩から外す。
「そんなことは……」
「少し休みましょう」
ルシウスの謝罪を遮り、アンドロメダは彼女にしてはやや強引に踊りの輪を抜け出した。
「アン…!」
慌ててルシウスも後に続こうとしたが、ダンスを繰り広げる一群の只中にあっては、そう簡単
にいかない。
間違いなく何人かの足とドレスの裾を踏みつけ、やっと壁際に近いところまで抜け出したとこ
ろで、やれやれと顔を上げたルシウスは、いきなり濃紺の瞳と鉢合わせした。
「アー……」
「やあ、ルシウス!」
こんな時でも変わらない、人懐っこい笑みが間違いなく自分だけに向けられている。
―――初めて会ったときと同じように。

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