「なんでお前がこんなところにいるんだ」
ルシウスは憮然とした様子で問いかけた。
広間から続くテラスの一つに、ルシウスとアーサーは出ていた。舞踏会を主な目的として作ら
れたこの館の外観は、広間の大きさからは少しばかり拍子抜けするほどこじんまりとしている。
それでも年に数回の催しの為だけに維持し、飾り付けられるだけの価値はある、芸術性と歴
史を湛えていた。ルシウスが寄りかかっているテラスの手摺にしても、蔦を伸ばした薔薇が絡
み合う様を浮き彫りにした見事な細工だ。
夏場であればパーティーの熱気を覚ますために開け放たれ、人の出入りが絶えない場所で
あったが、雪が降り積もるこの季節は重いビロードのカーテンも閉じられ、その存在すら忘れ
去られている。幸い今は雪はいったん止んでいたが、空を見上げればまたいつ降り出すとも知
れない雲の様子が窺えた。
ガラスとカーテンを隔てただけにもかかわらず、先ほどまでの喧騒が嘘のように静まり返った
テラスで、アーサーは困ったようにルシウスを見つめ返した。
「社交嫌いで名高いウィーズリー家のクセに」
「いや、一応、毎年クリスマスのダンスパーティーだけは誰か出席するようにしているんだよ。
去年は伯父さんだったけど……今年はクジ引きで私が」
ルシウスの不機嫌を理解できないアーサーは、何一つ悪いことをしたわけでもないというの
に、ボソボソと申し訳なさそうに弁明した。背こそルシウスより大分高いが、態度その他は年上
とは思えない情けなさである。
「フン、ワルツの前にクジ引きとは変わった伝統だな」
四年も後輩のクセに、こちらはえらくふんぞり返った態度だ。
―――こんな風に口をきくようになったのはいつからだっただろう。
学年も違う、寮も違う。普通ならば顔を合わせるのは大広間での食事の時くらい。
名前も知らないまま卒業したとしても、不思議でもなんでもない間柄のはずだ。
それなのに。
ホグワーツ入学の日、列車で乗り合わせた冴えない上級生は、目が合うと必ず明るく笑いか
けてきた。時には大きく手を振ったりして。
無視しようと、恥ずかしいから止めてください、と冷たく拒否しようと、変わることなく。
ルシウスが一人でいると、まるで影から見ていたかのように、どこからとも無く現れては意味
もない言葉をかけていく。何を考えているのか、念入りにブラッシングしたプラチナブロンドを無
造作に掻き乱してきて、ルシウスの激昂を買ったり。
そしていつの間にか、敬語も気遣いも消えていた。
だからといって、そんな状況を自ら招いたアーサーは気に留める風でもなく、むしろルシウス
が他の生徒から諌められるほどぞんざいな態度を取っても、ほがらかに笑うだけだった。
鬱陶しいほどに眩しいその笑顔を、何度夢に見たことか―――認めたくなかったが、純血で
ありながらグリフィンドールに籍を置き、マグルを積極的に擁護する変人でしかなかった上級
生は、いつの間にかルシウスの中でちゃっかりと、一番大きな部分を占めるようになっていた。
「それにしてもルシウスはこういう場に慣れていて、上手いな。壁の花の私とは大違いだ」
軽いため息と共に告げられた賞賛は、言外に『見ていた』との意味を含んでいるかのようで。
「当然だ」
つん、と顔を背けることで、ルシウスは自分の動揺を見せないようにした。
「大体、お前なんて壁の花どころか壁の蔦みたいなものだ」
辛辣な言葉にも、アーサーはただ苦笑するだけだ。いつもと同じように。
こんな状態がいつまで続くのだろう。ルシウスが言いたいことを言って、アーサーは横で笑う
だけ。
こんな面白くもなんともない『いつも』がいつか、終わることなんてあるんだろうか。
その時のことを考えただけで、なぜか先ほど感じた胸苦しさが再び蘇ってくる気がした。
そっと視線を戻せば、いつも通り青い瞳が真っ直ぐにルシウスを映している。
どくん、と。
心臓が波打った。
耳の奥に響く心音が、このままではアーサーに聞こえてしまうのではないかと思えるほどに大
きく、高鳴る。
(静かに―――静まれ……ッ)
自分がコントロールできない。
身体も、心も。
「ルシウス」
耳慣れた声にすら、身体ごと跳ね上がるのを抑えきれない。
恐る恐る上げた瞳に入り込んできたのは、けれど、空を仰ぐアーサーの姿だった。
頬に、冷たいものが触れる感触がした。
「雪が……」
つられてルシウスも振り返る。
そこに広がっていたのは、漆黒の闇と凛とした冬の冷たい空気の合間を、真っ白な雪が彩り
ながら舞い散っていく、まるで絵のように美しい光景だった。
二人はしばらくの間、言葉も無く降りしきる雪を眺めていたが。
「……ふッ…」
ルシウスが肩を震わせて小さくくしゃみをしたのを、アーサーが気付かないはずも無く。
「冷えてきたな……中へ入った方がいい」
戻ろう、と手を差し出した。
「嫌だ」
短い拒否に、アーサーは困ったような表情を浮かべる。
「でも……寒いだろう?」
「寒い」
空気が揺れて、次の瞬間アーサーは抱きついてきたルシウスの背に手を回していた。
「ルシウス……?」
「寒いから」
重なった心臓が互いの鼓動を伝えている。
言葉にしようがない想いも、また。
「寒いから……お前が温めろ」
せめて伝わるようにと、願う。
ワルツの調べが微かに聞こえる。
甘く、幸せな、そして限りなく切ない4分の3拍子―――
アサルシ・クリスマスー!!
言葉に出来ない想いはワルツの4分の3拍子に載せて。ちょっと大人な恋心。
アンドロメダを少しだけでも書けて良かったです。

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