軽快な音楽に身を任せ、踊る。
 踏み出すステップは規則正しい4分の3拍子。
 周囲のざわめきも、シャンデリアの眩しすぎる光も、色も、全てが遠のき、自分の息遣いすら
見失って。


 感じるのは手を取る相手の鼓動と眼差しと―――甘い甘い、ワルツの調べだけ。







想う君よ







 高い天井へヴァイオリンの最後の一音が、吸い込まれるように消えていった。
 僅かな静寂の後、広間から一斉に拍手が沸きあがる。
 磨き上げられた大理石は床から壁、ドーム上の天井に至るまで続き、乳白色の室内を照らし
出すのは、無数に「浮かんだ」シャンデリアだ。
 冬の星々の光を集め、クリスタルの欠片に封じ込めて作られたシャンデリアは、時がたつに
つれて放つ色を変えながら、緩やかに中空を舞っている。
 その光の中央で今、喝采を浴びているのは数組の男女だったが、中でもひときわ目を引くの
は、年齢から言えばおそらく一番若いカップルである。
 彼らは若いというよりむしろ幼い、少年と少女、とでも呼ばれる年頃の二人でありながら、そう
表現するのが躊躇われる雰囲気をまとっていた。
 単に造形が美しいとか、大人びているというのとは違う、全てを冷めた視線でしか見られない
者だけが許された不遜さ、とでもいうような物を感じさせる。それでいて彼らは見る者の心を一
瞬にして魅了し、思わず跪かせてさえしまう、息を呑むほどの輝きを当然のように振り撒いてい
た。

「素敵だったわ。ベラ」
 こちらは年相応にあどけない笑顔を浮かべ、栗毛色の巻き毛の少女が近づいてきた。
「そりゃどうも。やってる方は退屈で眠りそうになったわよ」
「踊りながらか?」
 パートナーに退屈と断言され、ルシウスは苦笑を浮かべた。
「次はもっと速い曲にしろって言ってくる」
 ベラトリックスが不満をこぼしていると、勝手に浮かんで移動する魔法をかけられたトレーが
ちょうど3人のところへやってきた。ベラトリックスはアルコール分の高そうなカクテルを取り上
げると、一気に飲み干した。
「止めておけ。お前好みの曲なんかリクエストしたら、ドラムの音だけで年寄り連中が目を回す
ぞ」
 軽く聞き流して、ルシウスもトレーから自分とアンドロメダの飲み物を取った。
淡いピンクの液体に、星形のフルーツが何種類か浮かべられたグラスを手渡され、アンドロメ
ダは少し困った顔をしてルシウスを見た。
「アン、大丈夫よ。それはお酒の入ってないヤツだから。ルシウスだってそれくらいチェックして
るわよ」
 ベラトリックスが察して、からかうように言った。分かりやすく頬を赤らめたアンドロメダは、小
さな声でルシウスに礼を言った。
「そういえばご両親はいらっしゃらないのか?」
「ええ。パパもママも今夜は家で子守りよ。金髪の天使をね」
 フフ、と笑いながらベラトリックスは空いたグラスを新しいものと交換する。
「飲みすぎないでね、ベラ」
 心配そうにアンドロメダが声をかけたが、ルシウスは放っておくことにして自分のグラスに口
を付け、辺りを見渡した。
 元々の豪奢な作りに加え、華やかな飾り付けを施された広間は、自分の最も美しい姿に着
飾った女性と、彼女達をエスコートするに相応しい装いの紳士たちでひしめき合っている。
 年代こそばらばらで、見知った顔もあれば初めて顔を合わせる者もいるが、この場に居合わ
せた、全ての者に共通しているのは魔法使い―――それも正当な、「純粋な」魔法族の家系に
属する者たちということだ。

 年に数回、純血の魔法使いが一堂に会して行われるダンスパーティーでも最大規模のこれ
は、クリスマスイブから翌朝まで夜を徹して行われる。参加を許されるのは就学年齢に達した
者、つまりはホグワーツに入学した者からである。ホグワーツへの入学は、それ自体が一定の
年齢に達したという目安になるだけでなく、間違いなく「魔法使い」であることの証でもあるの
だ。
 今年ホグワーツに入学したばかりのアンドロメダにとっては、このパーティーは純血の仲間と
しての披露の場でもあった。ルシウスとベラトリックスも昨年は彼女と同じ立場だった。
 今は金髪の天使、などと言われている彼女達の幼い妹も、やがてはここで姉たち同様ギャラ
リーからの視線を一身に集める身となるに違いない。 そして、エスコートに「相応しい」相手を
見つけるだろう。いや、エスコートの相手を最初からあてがわれ、この場に現れるのかもしれな
い。
 そしてそのことに、なんら疑問を持つことも無く………ルシウスは視線をアンドロメダに戻し
た。ワインレッドのスレンダーなドレスに身を包み、髪をアップにまとめたベラトリックスに比べ、
アンドロメダはいかにも少女らしい、楚々とした装いだった。オーガンジーを重ねたオフホワイト
のドレスに、首元と腕を珊瑚と真珠で飾っている。唇に載せたストロベリーピンクの口紅さえ、
背伸びした初々しさを感じさせる。

 ―――将来、自分の妻になる女性なのだという目で見ようとしても、どうしても実感が湧かな
かった。

 だからといってどうなるというわけでもない。実感などあろうがなかろうが、その時がくればル
シウスはアンドロメダと結婚し、家庭を作るだろう。
 そうなることにこれまで迷いを感じたことなど無かったはずなのに、不意にルシウスは胸の奥
が熱く、苦しくなった。
 

『それでいいのか?』


 丸いレンズの奥で驚いたように見開かれた瞳を思い出す。



『それで本当にいいのか?』



(こんな時になんで……思い出すんだ)

 飲み慣れないアルコールに多少は酔ったのかもしれないと思い、喉元を締め付けるネクタイ
を緩めようとした。





 その時。





 本当に偶然のように………視界の端にルシウスは、燃えるように赤い髪の毛を捕えたのだ。