ざらざらとした石がむきだしの腹にじかに触れている。しかしハリーは不思議と痛いとは思わ
なかった。大きな四つの砂時計の脇を通り過ぎたとき、ハリーはここがホグワーツのホールだ
と分かった。
 宝石の詰まった砂時計を見上げながら、いくらなんでもこんなに大きかっただろうかと疑問が
湧いたが、細く開いた扉の隙間から、冷たく心地良い外の空気が入り込んでいることに気づ
き、すぐに忘れてしまった。
 ハリーはそのまま、ためらいもなく外へ出た。校庭には一面に雪が厚く降り積もっている。暗
い夜空を覆っていた雲が途切れ、一条の月明かりが射し込み、ハリーの眼前を照らし出し
た。
 行く手に黒い人影があることに気づいたのはその時だった。頭からすっぽりとフードをかぶっ
た人物は、禁じられた森に向かって歩いている。ハリーは静かにその人物がつけたのであろう
足跡を辿っていった。
 あともう少しで人影に追いつくという時に、何か白く光るものが森から飛び出してきた。同時に
暗闇の中を閃光が走り抜けた……ハリーは身をくねらせて黒い人影の足元へとすり寄ってい
った。
 雪の上で血を流しながらのたうっているのは、異様なほど白い小さな生き物だった。ハリーの
傍らの人影が低く何か呟いたが、白い生き物はキーキーと悲鳴を上げるだけだ。
 ハリーは身を起こしてそれを見つめた。血まみれの生き物は白ケナガイタチのようだった。
 人影が小さく舌打ちしたかと思うと、今度はまるで見えない刀に切り刻まれたかのように、白
ケナガイタチの全身、いたるところから血が溢れ出した。真っ白な毛皮はいまや鮮血に染ま
り、てらてらと不気味に輝いている。
 それでも白ケナガイタチはまだ生きていた。懸命にもがき、逃げ出そうとしている。黒い人影
が、ハリーにもはっきり聞き取れる言葉で言った。

「殺せ」

 ハリーは自分の意思と関係なく、体が動いていくのを感じた。新鮮な血の匂いに興奮を掻き
立てられていた。大きく口をあけ、鋭い牙をまだかすかに残っている白い毛皮の部分につき立
てようとした。白ケナガイタチが目を見開いた。薄い水色の瞳がハリーの記憶の何かを刺激し
た。

 ――待てよ、どうして殺すんだ?

 不意にハリーは、自分がそんなことは全くしたくないのだということに気が付いた。

 ――こいつは放っておいてもあと三十分もすれば死ぬだろう。僕がとどめを刺す必要がどこ
にある?

 しかし再び声がした。

「殺せ」 

 さっきよりもさらに低く、ぞっとするほど冷たい声だった。
 急に目の前が真っ赤になったかと思うと、ハリーは地面に仰向けになぎ倒されていた。
 獣の唸り声、閃光が飛び、悲鳴が聞こえた。そして黒い人影がローブの裾を翻し、ホグワー
ツの校舎へと走り去っていくのをハリーは見た。



 気づくとハリーは額を押さえ、ベッドから転がり落ちていた。体中から汗が吹き出し、震えが
止まらない。
 額の傷痕はじんじんと痛み、しきりに危険を伝えていた。フラフラと立ち上がると、寝ている間
に屋敷しもべ妖精が届けてくれたらしい、自分のトランクを蹴飛ばしてしまった。足の小指があ
たって涙が出るほど痛かったが、それどころではなかった。
「ロン」
 ロンはまだ眠っているらしい。返事もしなかった。ハリーはロンの天蓋を開け、毛布の上から
揺さぶった。
「ロン、聞いてくれ。また見たんだ。僕が蛇に…」
 ぐにゃりとした感触にハリーは戸惑い、最後まで言うことができなかった。思い切って毛布を
めくると、そこにはロンの姿はなく、枕とロンのトランクがでてきた。
 一体どこへ行ったのだろうとハリーは薄暗い寝室を見回した。時計を見ると、まだ朝の五時
にもなっていない。
 突然、つんざくような悲鳴が聞こえた。
「ハーマイオニー!」
 女子寮の方から聞こえた声に、ハリーは何があったのかと、慌てて部屋を飛び出した。寝ぼ
けまなこで同じようにパジャマ姿で廊下に出てきた下級生達を押しのけ、談話室へ続く階段を
駆け下りる。
 ドアを開けると、すでに談話室の片隅で青ざめた女の子たちが何人か固まっていた。その中
心にハーマイオニーがいる。ハーマイオニーのパジャマの胸の辺りが真っ赤に染まっているの
を見て、ハリーは心臓が止まりそうになった。しかしハーマイオニーはショックで血の気が失せ
ているものの、どこかを怪我したわけではないようだった。
「ハリー、見て。これをクルックシャンクスがくわえてきたの」
 ハリーの姿を見つけたハーマイオニーが震える両手を掲げて見せた。
 ハーマイオニーが手のひらに載せているのは、血まみれのちいさな白ケナガイタチだった。