啜り泣く声が静かなものになったころ、ドラコはやっとハリーの肩口に埋めた顔を上げた。
「落ち着いた?」
 問いかけに頷きで返した彼は、しばらく焦点が定まっていないようにぼんやりとハリーを見上
げていたが、やがて立ち上がるとハリーの手を掴んで歩き出した。
「え…何?」
 何をするんだと驚きの声を上げるが、ドラコは無言でハリーをバスルームへ押し込んでしま
う。
「ちょっと、ドラコ…!」
 身動きもろくに取れないほど狭いバスルームの中で、急な展開になんなんだこれはと首を傾
げるハリーだったが、ふとドラコの意図が分かってしまった―――気がした。
 数秒ほど間を置いて、顔が火照るのを感じる。

「えっと…ドラコ…?」
「さっさとシャワーを浴びて来い」

 薄いドア越しにつっけんどんに返されるものの、きっとドラコもハリーと同じ…いや、もっと真っ
赤になっているんじゃないか、と思わせる言い方だった。
「あのさ」
「早くしろ」
 一応確認をと思ったが、ぴしゃりと叩き切られる。ドラコがバスルームの前から離れていく足
音を、なんとも複雑な思いでハリーは聞いた。





 テーブルの食器を片付けるために振った杖の先は、小刻みに震えていた。
 椅子に腰掛け、それだけは残しておいたティーカップを手に、ドラコはひどく落ち着かないで
いた。なるべく意識しないようにしようと思うのに、気付けば視線は部屋の隅に置かれたシング
ルベッドの上を彷徨っている。
 どんなに優しくされても、大切にされても、自分の性格とか態度とかは簡単に変えられるもの
ではなくて―――我ながら嫌になる。
 あんな高飛車な物言いではなくもっと素直に、可愛げのある言い方ができたら良かったの
に。
 もしも受け止めてもらえなかったらと思うと恐くて、ああいう風にしか気持ちを表現できなかっ
たけれど、ハリーはどう思っただろう。
 バスルームの鏡に映し出された自分の体を思い出すと、ドラコはさらに気が滅入ってきた。
半分曇った鏡の中でも、長期間の懊悩に弱り、惨めなまでに痩せ細った体をはっきり見て取る
ことができた。
 ハリーはそんなドラコに何度もキスをして、好きだと言ってくれたけど、そういう意味で『好き』
とは―――限らない。本当に何もしないで、ただ傍に居るだけでいいと思っているのかもしれな
い。
 けれどドラコは知らなかった。男がどんなふうに想い人を抱くのか。何かの代償にその身体
を自由にするのではなく、愛する人をどんなふうに愛しむのか、ドラコは知らない。
 限られた時間で対価の元を取るために早く身体を開けと要求されて、少しでも苦痛以外のも
のを感じようと足掻く。ドラコはそんなやり方しか知らなかった。
 だから、知りたかった。ハリーがどんな風に自分を……抱くのか。そして自分がハリーに触れ
られたとき、どうなるのか。
 ドラコはゆっくりとティーカップをシンクに置き、ベッドへ近付いていった。指先が強張り、胸は
ドキドキと早鐘を打っている。今からこんな、おかしいくらいに緊張していたのでは、ハリーがバ
スルームから出てきたらどうなってしまうんだろう。
 スプリングの悪いベッドを軋ませながら横たわった途端、シャワーの音が止んだ。
 自分の心臓が動きを止めたかのように感じた直後、それは今までに無いほど激しく脈打ち始
めた。枕にプラチナ・ブロンドを散らばせたまま、ドラコは瞬きせずバスルームのドアを見つめ
る。ドアが開き、水を含んで重くなった黒髪が現れるまでが、無限に続く時間に感じられた。
「ドラコ…疲れちゃった?」
 乱暴な手つきでタオルで髪の毛の水分を飛ばすので、元々収まりの悪い髪が手のつけられ
ない状態になってしまう。
「…無理しなくてもいいんだよ」
 タオルを椅子に放り投げ、ハリーはベッドの端へ遠慮がちに座った。彼が身につけているの
はジーンズだけだ。惜しげもなく見せ付けられる整った上半身を、ドラコは眩しい思いで目にし
ていた。きちんと鍛えられ、若々しく引き締まった体は、自分とあまりに違う。
 眼鏡を外しているせいで、吸い込まれそうに深い色をしたエメラルドの瞳に、レンズ越しでは
なく直接見つめられている。それを意識するとドラコの心臓は一層、高い音を立てはじめたよう
だった。
「無理じゃない」
 のそのそと起き上がり、思い切って裸の胸元に頬を寄せるとハリーは一瞬、たじろぐ様子を
見せた。湯上りの、しっとり汗ばんだ肌に浮かんだ水滴が頬を薄らと濡らす。ドラコの大胆な行
動に誘発されたのか、耳へ響く彼の心拍数はかなりのものだった。落ち着かないのは自分だ
けではないと分かると、ドラコの緊張はほんの少しほぐれた。

「……お前が…嫌じゃないなら」

 ハリーの手が、ドラコの肩を抱いた。身体中を熱く、甘いものが走り抜ける。



 触れるだけのキスと共に、明るすぎた部屋の灯りは音も無く落とされた。










 小鳥の羽で触れるような口付けを深いものに変えながら、ハリーは信じられないくらい柔らか
なドラコの舌を執拗に追い回した。上がった呼吸を整えるために一度離れると、今度は銀の糸
が伝う唇の端から上気した頬、長い睫毛が縁取る瞼、白い耳朶へと、少しずつ場所を変えて
軽いキスを降らせていく。
 ふんわりとしたプラチナ・ブロンドがからかうみたいに鼻先をくすぐる。自分と同じシャンプーを
使ったはずなのに、どうしてかひどく甘美な香りがした。
 もはや障壁にしかならない衣服を取り払うと、痩せた身体をシーツの上に横たえる。仰臥した
ドラコの体をオレンジの柔らかな光が、黄昏の中で見るようにやわらかな翳りをつけて照らし出
ていた。
 覆いかぶさるようにして抱き締めれば、華奢な肉体はすっぽりとハリーの腕の中に納まってし
まう。滑らかな白い肌に覆われた身体は、痛々しいほど肉が削げ落ちてしまい、指を這わせた
だけで浮き出した肋骨を数えられるほどだった。しかし、一度触れれば容易には離れがたくな
る、どこまでも真っ白な肌は落とした照明の中でも眩しいまでにハリーの眼を射た。
 無防備に投げ出されている均整のとれた肢体は、至高の芸術作品としか思えない。けれど
彼は紛れもなく生身の人間で、その彼が自らの意思でここに―――ハリーの腕の中にいると
いう事実が胸を熱くさせる。
 目の眩むほどの喜びに陶然としながらも、ハリーにはドラコに言わなければならないことがあ
った。

「初めて、なんだ」

 掠れてしまった声で囁くと、ドラコは何かに耐えるかのように閉じていた瞳をぱちりと開き、び
っくりした表情でハリーを見上げてきた。

「…嘘」

 どう思われるだろう。馬鹿にされるか、それとも失望されるか―――けれど最初に言っておく
のはせめてものマナーだろう、と逡巡した末に一大決心で告白したハリーに対し、ドラコの反応
は、あんまりにあんまりなものだった。
 さすがにいささか傷付けられたが、苦笑しながら本当だよ、と答える。

「下手だったら、ごめん」

 ドラコがぽっと頬を赤らめ、居たたまれないように睫毛を伏せた。どちらが初めてなのか分か
らなくなるようなその仕草に、ハリーの息苦しさはいや増した。全身をドクドクと駆け巡る血液が
沸騰し、脳髄を痺させる。理性は今にも焼き切れてしまいそうだった。
 今すぐにでも押し入って、貪り尽くしたい―――そんな狂暴な欲望をぎりぎりで堰き止め、ハ
リーは白い胸元へ、そっと唇で触れた。
 慎ましい薄紅色の尖りを掠めると、そこはたちまち鮮やかに色づく。唇で甘咬みしながら舌先
で刺激を与えてやれば、芯を持ったようにぷくりと立ち上がってハリーを楽しませた。
「んっ…」
 呻き声を殺そうと、ドラコは自分の指の背を咬んでいる。
「駄目だよ」
 ドラコが自分で傷を作ったりしないように、細い手首を掴んで自分の口元へ引き寄せる。浅く
歯型の残った白い指へ慰めるように口付け、付け根に舌を差し入れると、ドラコの肩や首にき
ゅっと力が入るのが分かった。
「ふ…ああ……あっ…」
 手首から腕を伝い、細い肩から鎖骨の繊細なラインを辿る。そしてもう一度胸元を通り、唇を
這わせる部分を下の方へ移動させていく。臍の窪みを通り越し、すでに半ば勃ち上がりかけた
それへ、熱く湿った吐息を吹きかけただけで、ドラコの身体は釣り上げられた魚のように、跳ね
た。しっとりと汗ばんだ脚を抱きかかえるように開き、舌先を落とし込む。
「や…ポッター…そんなことまで…ッ」
 狼狽した声が頭上で響いたが、かまわずにぬめった舌をドラコの花芯へと絡ませた。ドラコ
は何とか逃れようと腰を揺らしたが、その動きは逆にハリーが口中深くにまでそれを迎え入れ
る手助けをしたに過ぎなかった。
 自分の下肢から引き剥がそうと、必死にハリーの髪を引っ張ったり、頭を叩いたりするドラコ
の抵抗が、やがてささやかなものへと変わっていく。それをいいことにハリーは熱い舌先で、固
く緊張したままの入り口までをも押し広げるようになぞった。
「―――あっ…そんな…っ」
 息が乱れるばかりで意味のある言葉を紡げないドラコを無視し、ハリーは唇で敏感な蕾を解
きほぐすように啄み続けた。
「…ぅ…ポッター…離…せ」
 上擦った喘ぎがうっとりしそうに甘美な響きを持ち始めたのを合図に、再びハリーはとろとろ
と気の早い蜜を零し続ける花芯を根本まで銜え込んだ。先ほどより確かに質量を増しているそ
れの先端を促すようにつついた瞬間、ドラコの背が一際大きくしなり、微かな苦味を舌の上に
感じる。制止の悲鳴に耳を貸さず、ハリーは放たれたものを迷うことなく飲み下した。

「ご、ごめ……ッ…」
「謝らないで」

 解放の余韻に浸る身体を思い切り抱き締め、息が落ち着くまでじっとしていた方がいいよ、と
言うとドラコは大人しくその言葉に従った。
 忙しなく上下するなだらかな胸の動きが徐々に凪いでいく。唇を戦慄かせ、切なげにため息
をついたドラコは、か細い声で「ポッター」と呟いた。

「何をした…?」

 一瞬、行為そのものについて尋ねられたのかと思い困惑するが、未だ焦点の定まらない薄
水色の瞳が愉悦に潤んでいるのに気が付いた。ゆらゆらと頼りなげな光を湛えていた眦から、
一筋の透明な液体が流れ落ちる。

「…いつも痛くて…苦しくて、嫌だったのに―――なんでお前に触れられただけで…こんな…」

 弱々しく頭を振るドラコの髪を、宥めるように梳いた。



「―――お前は僕に何をしたんだ…?」



 しゃくり上げる寸前のような声音で、ドラコが言った。その声は聞く者の胸を深く穿ち、震わせ
る。

「僕に触れられると、どんな感じになるの」

 ほんのりと紅く染まった頬に唇を付けたまま囁くと、淡いプラチナ・ブロンドが儚げに揺れた。

「―――僕は君に触れると凄く……幸せで、満たされた感じがするよ」

 後から後から溢れ出る涙を舌で拭ってやると、塩辛いはずのそれがなぜかひどく甘く思え
た。

「ドラコも、僕と同じ…?」

 恥ずかしげに顔を伏せていた彼が腕の中で僅かに頷くのが分かり、愛おしさと欲望が混然と
なって、ハリーを直撃した。


「……ドラコ―――」

 ありったけの愛おしさと共に、その名前を口にした。

「好きだよ」

 それは、単純で何の飾りも無い、だけど他の何よりも気持ちを真っ直ぐに伝えられる魔法の
言葉。
 顔を上げたドラコは瞳に涙を浮かべたまま、嬉しそうに微笑んだ。
 初めて見るその清らかな笑顔を、花が咲いたようだとハリーは思った。



 可憐な蕾を傷つけないよう、ゆっくりと指先を沈めていく。熱く濡れたそこはハリーの指を受け
入れ、さらなる熱を孕んでいった。
 怖い? と労わるように問いかけると、苦しげな息遣いの下からしっかりした声で、大丈夫、と
返ってきた。ハリーは時間をかけてドラコの身体を、心を溶かしていった。
 張り詰めた楔を蕾の中心に押し当てると、その熱と疼きに身体を強張らせたドラコの花弁の
ような唇へ口付け、ハリーは腰を進めていった。
「―――は…あっ…!」
 ドラコが声をあげたが、そこには苦痛ではなく、鮮烈な快楽への戸惑いが明らかに見て取れ
る。絡みつくような動きをする狭い内部へ、やっとの思いで根元までおさまると、ハリーは荒い
息をついていったん動きを止めた。
「ポ…ッター…」
 しばらくの間、抑えた呼吸を繰り返すことでその大きさに慣れようとしていたドラコが、震える
左手を持ち上げてハリーに触れた。汗ばんだ額に張り付いた前髪を払い、懸命に笑ってみせ
た。
「もう、平気だから…」
 健気なその様に唆され、胸に甘すぎる衝撃が込み上げてくる。耐え切れず、ハリーは動い
た。自分を包むドラコのぬくもりが、柔らかさが、暖かな波となって全身を浸す。
 楔を打ち込むたび、ドラコはハリーへこれ以上ないほどきつくしがみついてきた。

「……ハリー…」

 湧き上がる悦びと熱に翻弄されて、ドラコがうわごとのようにハリーを呼ぶ。
 救いを求めるように伸ばされた腕を捕え、音を立てて口付けた。まるで自分が、姫君に忠誠
と永遠の愛を誓う騎士にでもなったつもりで、敬虔な想いを込めて。
 左腕に残された痛ましい傷痕へも、ハリーは躊躇うことなくキスを落とした―――癒しを、赦し
を与えるかのように。
 何度も何度も互いの名を呼び、思うままにキスをした。幸せな思いが弾け、喜びが身体中を
駆け巡る。
 求められるままに与え、求めるままに与えられ、限りない充足の中で二人は絶頂に押し上げ
られていった。