「それでルシウスさま、道に迷ったとおっしゃてましたけど、どちらに行かれるはずだったんです
か?」
白いサンダルの留め金を嵌めながら、ナルシッサは尋ねた。
「あー・・・・・・」
ルシウスは岩に腰掛けていたナルシッサが立ち上がるのに手を貸しながら、若干決まり悪げ
に答えた。
「あなたの別荘、だ。」
ええ?とナルシッサは驚いたようにルシウスを見上げ、それからクスクスと笑い出した。
「それなら良かった。私、近道を知っています。」
ルシウスが歩き出そうとしたのと反対側を指差して、ナルシッサは言った。
ここでずいぶん時間を使ってしまったから、今から急いでも約束の時間にギリギリ間に合うか
どうか、といったところだ。ベラトリクスをはじめ、ブラック夫妻も特に時間にうるさい方だとは思
わないが、できれば遅刻はしたくない。だが―――
「大丈夫。ちゃんとした道ですから。」
とんでもない獣道を歩かされるのでは、という躊躇が伝わったのか、更にクスクス笑いを続け
ながらナルシッサがルシウスの手を取った。
小さな手が、一生懸命なくらい、握り締めてくる。
「・・・・・・分かった。」
ルシウスは小さく微笑んで、柔らかな掌を握り返した。
「ルシウス!・・・・・・シッサ?」
唐突に裏庭へ姿を現した二人に、ベラトリックスが驚いた声を上げる。
「どこから沸いて出たの?」
「『姿あらわし』をしただけよ。お姉さま。」
気取って答えた妹を、ベラトリックスが呆れたようにつつく。
「ようやくホグワーツに入学だっていう子供が何を言ってるの。」
「そういえばナルシッサは今年入学なのか?」
ルシウスがに尋ねられ、ナルシッサは顔を赤らめながらコクン、と頷いた。
「私と入れ代わりってわけ。今年はまだアンがいるからいいけど、来年からは一人で奮闘しな
きゃならないのよ。甘えたがりが大丈夫かしらね。」
ベラトリックスとアンドロメダは年子だが、ナルシッサは一人、大分年が離れている。
「ひどいわベラ。私、甘えたがりなんかじゃないのに。」
すかさずナルシッサが抗議をするが、ベラトリックスははいはい、と適当にあしらって背を向け
た。
「それじゃその手はなんなのかしら?」
言われてふと、自分の右手を見下ろせば、それはまだしっかりとルシウスの手を握ったまま
で。
「ご、ごめんなさい!!」
慌てて手を離したが、ルシウスは微笑んだだけだった。
優しく。
その笑みは、紛れもなくナルシッサだけに向けられたものだ。
ナルシッサをまた、幸せな気持ちがいっぱいに満たした。
「ルシウス、応接でお父様とお母様がお待ちよ。それにアンが。」
アンドロメダの名前を口にしたとき、ベラトリックスが意味ありげな間を置いたのに、ナルシッ
サは気づかなかった。
ただ、覚えているのは応接間へ入る直前、ルシウスがもう一度振り返り、ナルシッサのことを
しっかりと見てくれた、ということだけで。
ベラトリックスは何か聞きたげだったが、ナルシッサはルシウスの姿が見えなくなったとたん、
階段を駆け上がり、自分の部屋へ飛び込んだ。
何故ルシウスが、ベラトリックスではなくアンドロメダと会うのか、なんて考えもしなかった。
ただ、ただ、さっき起こった出来事と、言われた言葉だけがクルクルと頭の中を回る。
『水仙のクラウンの色だ。』
『あなたにとても合っていて、私は』
『好きだ。』
鏡を見れば、今朝までため息と一緒にしか見ることのできなかった自分の髪が、なんとも美し
く輝いて見えた。
さらさらと、楽しげにゆれる自分の名前の花の色。
ルシウスが好きだと言ってくれた―――
机の上から、日記帳を取り上げた。
水色の表紙をめくり、羽根ペンを揺らして言葉を探す。
なんて書けば良いのだろう。
今日の午後の出来事を、どう書き残したら良いのだろうか。
秘密の水場で遊んでいたら、王子様が現れて、髪にキスしてくれた。
私の髪を綺麗だと言ってくれた。
私の髪を好きだと言ってくれた。
溢れる思いは、けれどどれも言葉にならなくて。
どうしたものかと日記帳から顔を上げた瞬間、ある単語が夢のように浮かんできた。
ルシウスはナルシッサよりずっと年上で、いろんなことを知っていて。きっとどんな女性にでも
優しくするのだろう。
だから叶うはずもない。
だけど、誰にも知られない魔法をかけた日記帳になら、こっそり書いたって構わない。
これはナルシッサの秘密。ルシウスにも秘密にしておく願い事。
ナルシッサはブルーブラックのインクにペンを浸して、真っ白な紙の上にひとつの言葉を書い
た。
ミセス・ナルシッサ・マルフォイ
愛情を込めて。
感謝を込めて。
祈りを、込めて―――
ルシウスとナルシッサの馴れ初めでした。
私の勝手な設定ではルーシーとベラが同期で、アンが一つ年下で、ナルシッサはかなり年が離れているのです。
もはや捏造もいいところでしょうが、幸せそうなブラック家&マルフォイ家を書いてあげたかったのです。
ルシナルでやりたかったこと、その1。お手々つなぎ。引っ張られていくルシウスさま。

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