むかしからお姫様は
 王子様と一目合ったときから恋に落ちるものだと決まっているのでしょう?

 生まれたときから愛し合う運命にある王子様と―――







乙女の祈り








 緑の天蓋の隙間から、光がシャワーのように流れ込んでくる。
 清々しいエメラルドグリーンの光線を浴びながら、不意に緑の中で動く、白い影の存在に気づ
いた。
 一瞬、妖しげなものかと身構えたが、すぐにそれが自分と同じ種類の者だと気づく。
 ただ違うのは―――男か女か、ということだ。
 女というよりもまだ、少女・・・・・・要は子供だ。背格好からすると10歳前後か。白いワンピース
から覗いた足は、今にも折れそうなほど華奢だった。

 サンドレスの裾が翻り、ストロー・ハットから垂れたリボンが風を受けて揺れる。
 リボンの下で、陽を受けてきらめく金糸のような髪が、さらさらと流れた。
 まるで花のようなその姿に誘われたのだろうか、珍しい碧色の蝶まで戯れるように傍を舞い、
絵画のような光景に花を添えていた。
 穏やかなせせらぎと共に、彼女が発しているのであろう、水を跳ねる音が聞こえる。林の中の
小川で、一人水遊びということか。よく見てみれば、川の岸の岩の上に小さなサンダルが一
組、きちんと揃えて置かれている。
 ふと、ルシウスの口元に、笑みが浮かんだ。
 日ごろ作り慣れている皮肉っぽい笑みではなく、何か―――ホッとしたと言ってはおかしいか
もしれないが、何かそれに似た、心が安らいだときにだけ自然に浮かぶ類のものだった。

 パシャン、とひときわ大きな音を立ててから水音が止み、パッと少女がこちらを振り返る。
 気配に気づかれたのだろうかと思ったが、どうやら違ったらしい。彼女の視線は、ひらひらと
顔の周りを廻っていた、碧い蝶を追っていた。
 しかし気まぐれな蝶が、ちょうどルシウスがもたれかかっていた木へ向かって飛んできたとあ
っては、否応無しに彼女の視界に自分の姿が入り込んでしまう。
 蝶の羽よりも、更に深い碧色の瞳が、零れ落ちそうなほど見開かれた。

「どなた?」

 一呼吸置いてからちょっと気取ったように問われ、ルシウスの笑みが自然と深いものになる。

「ルシウス・マルフォイといいます。ただの魔法使いですよ、プリンセス。」

 からかうようにプリンセス、と呼びかければ、少女は見る見るうちに顔を真っ赤にさせた。肌が
白いせいで、よく分かる。馬鹿にするな、と怒るのかと思えば。
「私・・・・・・私、王女なんかじゃ・・・・・・。」
 消え入りそうな声で、恥ずかしげに呟かれた。
 考えてみれば、彼女には見るからに良家の令嬢といった雰囲気がある。そもそもこの土地一
帯はマグル避けを万全に行った、魔法使いたちが主に避暑に利用する、いわゆる別荘地だ。
別荘を持ち、維持できるような者が限られた特権階級であることは、マグルと変わりない。
 幼いとはいえ、靴を脱いで水遊びなど、あまり初対面の男に見せたい場面ではなかったのだ
ろう。
 少女の秘密の遊びを中断させてしまったことに、少しばかりの心苦しさを覚えて、ルシウスは
言った。
「あなたの庭を勝手に踏み荒らしてしまい、申し訳ない。実は道に迷ってしまって・・・・・・。」
 嘘だった。道など良く知っている。なにしろマルフォイ家はここの別荘族の一員だ。
 ルシウスがここを最後に訪れたのは、ホグワーツに入学する前の年だったから、7年ぶりの訪
問ではあったが、そもそも複雑な地理ではない。
 少々入り組んだ小路が存在するとはいえ、林はさほど深くもなく、一度抜けてしまえばあとは、
どれも良く知った旧家の別荘ばかりが立ち並んでいる。目的の別荘を見失うことなど、ありえな
かった。
 ルシウスがこの林に足を踏み入れたのは、友人の別荘を訪問する約束の時間まで、暇を持
て余してのことだ。
 しかしルシウスは、嘘を続けた。本心を絡めて伝えるために。

「水の音に誘われてみたらあなたがいたので、失礼だと分かってはいたのですが、思わず見と
れてしまいました。」

 優雅な笑みと共に伝えられた言葉を少女が理解するまでに、少しの時間が必要だった。
 理解したと同時に、更に彼女の頬が上気する。
 実際に彼女は美しかった。
 長い睫が上質のサファイヤを思わせる瞳を縁取り、形の良い唇はアネモネのよう。
 すらりと伸びた白い手足が、これからの女性としての成長を約束し、なにより全身から放たれ
る瑞々しい輝きは、眩しいくらいだった。
「まるで・・・・・・そう、マグルが言うところの妖精の王女のようだったので、フェアリー・サークル
に紛れ込んでしまったのかと思いましたよ。」
 からかい半分―――けれどもう半分は本気だ。彼女ならば十分にマグルを惑わせ、フェアリ
ー・サークルだろうとなんだろうと、引きずり込むことができるだろう。ルシウスですら、引きずら
れそうになっていた。
 それだけの美しさと魅力を、彼女は持っている。
「・・・・・・ありがとうございます。」
 ほとんど聞き取れないほど小さな声だったが、鈴を転がすような美声で、少女は賞賛への礼
を返した。
「あの・・・・・・ミスター・・・サー・ルシウス・・・・・・?」
「マルフォイです。」
 言いよどむ少女に、そっと教えてやる。
 すると彼女はハッとしたように、ルシウスを見つめた。
「マルフォイさま・・・・・・?ホグワーツの・・・・・・首席でいらっしゃる?」
 少女が自分の名前に聞き覚えがあることは、さしたる驚きでもなかったが、最初に飛び出した
自分に関する情報が『首席』であったことに、いささか苦笑した。
「もうホグワーツは卒業しました。確かに首席でしたが・・・・・・なぜそのことをご存知で?」
「姉が話して・・・・・・申し遅れました、私、ナルシッサ・ブラックと申します。ベラトリックスとアンド
ロメダの妹です。」
 今度はルシウスが少女を見つめ返す番だった。
「ナルシッサ・・・・・・ブラック・・・・・・?それは・・・どうも・・・・・・。」
 珍しく、気の効いた言葉が出てこない。
 数秒を置いた後。



『はじめまして。』



 二人の声が重なった。