王子様のためになら
なんだってできる。
なんにだってなれる。

そのために女の子は、生まれた時から
いつか出会う王子様のためにちょっとずつ
「ステキ」を増やしているのだから







叶えられた願い








 ホグワーツ特急がゆっくりと速度を落とし、白い煙を吐き出しながらキングクロスの駅に到着
した。
 列車がまだ完全に停車しないうちから、幾人かの生徒たちがプラットホームに飛び降り、あち
らこちらから怒号や歓声があがる。
 ナルシッサは、下手をすれば小柄な自身が納まりかねないほど大きなトランクを、ほとんど引
きずるようにして、コンパートメントから廊下へと出た。
 あいにくと、車両のちょうど中ほどの個室だったため、出口まで結構な距離を移動しなければ
ならない。おまけに廊下は今や、大荷物を抱えた生徒たちでごった返している。
 まだトランクを網棚から引っ張り下ろすのに、悪戦苦闘している級友に、少し混雑が納まって
から動くことにしよう、と声をかけかけた時、不意に手元が軽くなった。目線を上げた先には、
あまりに思いがけない人物がいた。
「・・・・・・シリウス?」
 グリフィンドールに入れられた一族の問題児は、ナルシッサと一つしか変わらないのに、背は
ずっと高い。自然と見上げる恰好になった。
 ブラック家の血を濃く受け継いだような黒髪が、ごく当たり前に目の上にかかっているだけな
のに、それが凄く格好良い。
「アンは?」
 既に変声期を迎えた男の声で、シリウスが尋ねてきた。
 普段から特にナルシッサに対してはぶっきらぼうな方だと思うが、今日はそれに輪をかけて
いる。
「アンは・・・・・・首席だから。コンパートメントは別よ。」
 答えながら、なるほど、と納得する。
 親族で集まることがあっても、ベラとは喧嘩ばかり、ナルシッサには―――特に興味も示さな
い彼が、わざわざこのコンパートメントを訪ねてきたのはアンドロメダを探してのことだったの
か、と。
 アンドロメダに対してだけは、シリウスはなぜか気さくに話しかける。
 やはりあのおっとりとした雰囲気が癒されるのだろうか。
 だがシリウスは、アンドロメダの不在を聞いても、ナルシッサのトランクを持って、なにか考え
込むように佇んだままだ。
「シリウス?」
 不思議に思って彼の顔を覗き込むと、どうしたわけか突然、赤面した。
「い、いや・・・・・・」
 珍しくもごもごと口ごもり、ナルシッサのトランクを出口に向けて運び出した。
 ・・・・・・照れ隠しのように・・・・・・?

「シリウス!大丈夫よ。私、自分で・・・・・・」
 シリウス自身の荷物は既に運び出してしまったのか、持っているのはナルシッサのトランクだ
けだが、引きずるのですら一苦労だったトランクを、軽々と持ち上げてしまっている。
 背後で級友が、憧れるようにため息をついた。



 ホームに降りてナルシッサは、シリウスに礼を言った。
 ついでに列車の中で食べ切れなかったカエルチョコレートも進呈する。
 シリウスは少し面食らったような様子で、それを受け取った。
 いとこ同士だが、学校では寮が違うせいでほとんど話す機会もなかった。なのに一年の最後
で、こんなに互いの顔を近くに見ることになるなんて。
「アンにご用だった?」
 シリウスがアンドロメダの所在を尋ねたことを思い出し、ナルシッサはふんわりとした栗色の
巻き毛を探した。
「いや、いい。」
 短く答えるシリウスは、なにか言い出しにくいことを抱えているように見えた。
「夏休みはどうするんだ。」
 故意に話を逸らした、とナルシッサは直感した。しかし特に気にもかけずに「別荘に行くと思
う。」とだけ答えた。

「シリウスも来るんでしょう?去年はちょっとしかいてくれなかったからつまらなかったわ。」

 ナルシッサたちが夏をすごす別荘地には、シリウスの実家の別荘もある。去年はシリウスた
ちは最後の二週間ほどしか姿を現さなかったが、今年はどうするのだろう。
 実際、あの八月終わりの二週間をシリウスと彼の弟のレギュラスが来ないまま過ごさなけれ
ばならなかったとしたら、ナルシッサは相当寂しい思いをしていただろうと思う。
 二人がやってきては遊び相手になってくれたので、気持ちを紛らわせて笑っていられた。
 アンドロメダと―――ルシウスの前でも。

「ああ、でもその前に結婚式で会うわね。」
 
 明るく言ったつもりだったが、少し無理があったかもしれない。
 昨日、無事に卒業証書を受け取ったアンドロメダは―――この夏、ルシウスの妻になる。
 二ヶ月ほど前、特別に許可をもらってアンドロメダと帰宅したイースター休暇には、ベラトリッ
クスの結婚式があった。
 正装で列席したルシウスは本物の王子様のように素敵で、輝いていて、当然のようにアンド
ロメダの隣に座っていた。
 一方、楚々としたカクテルドレスの良く似合うアンドロメダは、お姫様にしか見えなくて。
 二人が寄り添っている姿は、姉たちが家を出ていく寂しさにも勝り、ナルシッサを打ちのめし
た。
 もう、諦めきったはずだったのに。

「シッサ!」
 突然、耳に懐かしい声が飛び込んできた。まさか、と思ってあたりを見渡せば、長い黒髪をな
びかせ、生徒を掻き分けてベラトリックスがこちらに駆けてくるのが見えた。
 げ、と横でシリウスが呻くのが聞こえたが、ナルシッサは構ってなどいられなかった。夢中で
ベラトリックスに駆け寄り、思い切り抱きつく。
「ただいま、ベラ!」
 ベラトリックスは素早くナルシッサの両頬にキスをしてから、あわただしく周囲に目を走らせ
た。
「アンは?」
「分からないわ。私も探していたところだったの。シリウスも・・・・・・。」
 シリウスの名前にベラトリックスが反応し、素早く彼を見据えた。
「あら、シリウス。お友達はどうしたの。」
 冷ややかな声で尋ねられ、シリウスがむっとした表情になったが、ナルシッサはいつものこと
とばかりに放っておいた。代わりに、だいぶ人の流れが緩やかになってきたホームの合間を縫
い、アンドロメダを探す。
 それにしても既に家を出たベラトリックスが迎えに来るとは思わなかった。
 両親が急用で来られなくでもなったのだろうか。
 一巡したもののアンドロメダを見つけることができず、仕方なく置きっぱなしになっていたトラ
ンクのそばに戻ると、まだ二人は睨み合っていた。
 人妻が13歳の子供相手に大人気ない、とも思ったが、あえて言うほど愚かでもないので少し
離れて見守ることにした。
 しかしベラトリックスはナルシッサの存在に気づくや否や、片手でトランクを、片手でナルシッ
サの手首を掴んで歩き出してしまった。
 転びそうになりながらもナルシッサはなんとか背後を振り返り、むすっとしたままのシリウスに
手を振った。

「シリウス、結婚式で!」

 その瞬間。
 シリウスの表情が固まり、手首を握るベラトリックスの指が、痛いくらいに食い込んだ。
 不思議に思ってベラを見ると、恐いくらいに凍りついた表情をしている。シリウスと同じよう
に。

「・・・・・・ベラ・・・・・・?」
 どうしたの、と尋ねた声は掠れていた。
「シッサ、覚悟しておきなさい。」
 再び歩き出しながら、ベラトリックスが警告した。
「ママの気が狂うかも。」