ミミズクはハリーが追いつききらず、また彼が自分の姿を見失わないくらいのスピードを心得
ているようだった。二回ばかり、とんでもない急斜面を上らされる羽目になったが、なんとかクリ
アできた。
(これで勘違いだったら笑っちゃうけどさ)
99パーセント確信してる。けれど心のどこかで、1パーセントの可能性を否定できないでい
る。
100パーセント、なにかを―――人でも、ものでも、なんでもいいから―――信じるなんて、で
きるんだろうか。
出来たらいいのに、と思った。
そうしたら不安なんかなくなるのに。
斜面を登るために掴んだ若木で、擦ってしまった手のひらを見ながら、そう考えた。
うっすらと血の滲んだてをぎゅ、と拳にして、ハリーはさらに林を奥に進んでいった。
不意に、本当に突然と言っていいくらい前触れ無しに、視界が開けた。
目前には美しい湖が広がっている。
木立の暗闇を抜けたばかりの目には、眩しすぎる日差しに戸惑いながら、ハリーは自分の1
パーセントの不安を蹴飛ばしてやることができた。
「遅い。」
不機嫌な声。淡い金髪。白い肌。にらみつけてくる薄水色の瞳。
いつもと同じ。五週間前と同じ恋人の姿に、ハリーはどうしようもなく自分の頬が緩むのを感
じた。
水辺にたたずむドラコは、いつもの見慣れた制服ではなく、半袖のシャツから細い腕が露に
なっている。
それだけでも、既に通常の五割増しだった心拍数が、更に跳ね上がってしまいそうだという
のに、キラキラと光を反射する湖面に背を向けてこちらを向くドラコの立ち姿は、まるで一枚の
絵のようにしっくりきていて。
走ってくる間は濃いと感じていた、辺りを囲む木立の色も、いったん外に出てしまえば、溌剌
とした生命を感じさせる、明るい緑色に輝いていて、それがドラコの白い貌を、いっそう引き立
てる。
「キレイだね。」
「バカ。」
歩み寄りながら素直な感想を口にすれば、速攻で否定された。
ところが次の瞬間、否定しておいてなぜかドラコは顔を赤らめる。
当人は気づかれていないつもりかもしれないが、肌が白いのですぐに分かる。
彼も久々に自分に会えて嬉しかったのかな、なんて考えるほど、ハリーは夢見がちでもなく。
「どうかした?」
「いや・・・・・・も、もしかして・・・」
更に赤くなっている。
「・・・・・・その・・・景色、か?」
キレイって・・・・・・とぼそぼそと付け足すドラコの様子があまりに愛おしくて、ハリーは堪らず
ドラコに抱きついた。
「うわぁっ!!」
「どっちもキレイだけど、ドラコのほうがキレイに決まってるじゃん。」
いきなり飛びついてきたハリーを引き剥がそうともがくドラコに擦り寄りながら、ハリーは悪戯
っぽさを装って、そう告げる。
途端に、ドラコの動きが止まり、一拍おいてから更に激しく逃げ惑おうとする。
「離せッ!」
「会いたかったよ。」
噛み合わない会話を気にしている余裕もなく、ハリーは強引に唇を合わせた。
「――――――ッ!」
それでも何とか抵抗しようと、数秒間ドラコは足掻いたが、やがて諦めたようにハリーのキス
を受け入れた。
肩の力を抜いてされるがままになると、なぜか酷く心地よくなってしまう。
あまり流されてはいけない、と自戒しているつもりなのに、いつもすぐに靡いてしまっている自
分は快楽に弱いのか。
それともポッターにはなにか、自分の知らない力があって、いとも簡単に他人を魅了できるよ
うにできているのか・・・・・・あるいはその力は他ならぬドラコにしか通用しないものなのか。
ぼんやりとそんなことを考えているうちに、どんどん体温が上がってきていることに気づいた。
気温のせいばかりではない。それよりも、むしろ―――
「暑いからひっつくな。」
ようやく唇が離れた隙に、ドラコはぴしゃりと言った。
言えるときに言っておかないと、またすぐに口を塞がれてしまう。
「ポッター、僕がお前なんかの元にわざわざ僕のフクロウを送ってやった理由は、だな。」
反論しようとしてか、口を開きかけたハリーを遮って、ドラコは続けた。ハリーが「ミミズク」と
呟いたようだったが、気にしない。
「これだ。受け取れ。そして帰れ。」
緑の箱に銀のリボンでラッピングされた、スリザリン御用達チックな小箱をハリーの前に突き
出してやる。
「僕は借りは嫌いだ。これで貸し借り無しだからな。」
この状況で借り、というと・・・・・・二ヶ月前のことだろうか。
6月5日、ドラコの誕生日を、ハリーは当然のように祝った。
ドラコの言っている「借り」は、多分そのことなのだろう。ということは。
「・・・・・・誕生日プレゼント?」
そうだ。と答えてすぐにドラコは自分の答え方が悪かったことを悔やんだ。なぜなら眼前の魔
法界の英雄は相好を崩して再び抱きつく隙を狙う仕草を見せたからだ。
「僕のためにこんなに手が込んだことしなくてもよかったのに。」
「手が込んだこと、だと?」
フェイントをつかれないように、注意深く間合いを取りながら、ドラコが聞き返す。ハリーが喜
んでいるのが、とてつもなく気に食わない様子だった。
「普通にさっきのミミズクに運ばせればよかったじゃん。」
「うるさい。貴様が・・・・・・!」
言いかけて、また墓穴を掘るところだったと気づいたらしいドラコは途中で言葉をとぎらせた
が、時、既に遅く、彼はハリーの腕の中にすっぽり納まっていた。
「なに?僕がなんだって?」
にぃっと見下ろしてくる顔は、認めたくないがやけに自身ありげで―――格好良くて。
悔しいけれど、この表情が好きだった。顔も、背中に回された手も、腕も、くしゃくしゃの髪の
毛も、深緑の森を映した瞳も・・・・・・額の傷も。全部。
どうしようもなく好きで―――愛しかった。
なんだか、もっと喜ばせてやってもいいかな、なんて腐ったことを考えてしまいそうな位。
ふと、大気が揺れた。
今なら言っても大丈夫かもしれない。夏の空気に惑わされたのだと、後から自分を誤魔化す
こともできるかもしれない。
ポッターが好きで、ポッターを喜ばせたいと、幸せにしたい・・・・・と。
伝えることができるかもしれない。
ドラコはそっと唇を噛んでから、渋々言葉を紡いだ。
「貴様が僕からもらった方が喜ぶだろうと・・・・・・ッ」
ミシ、と背骨が悲鳴を上げそうなほど抱きしめられて、ドラコは一瞬息を呑んだ。
「大好き。」
「知ってる。」
必死にそっけなさを装ったつもりだけれど、どこまで成功しているのだろう。
「誕生日プレゼント、本当は君がよかったんだけど。」
頬を寄せられたままそんなことを言われたら、あげたくなってしまう。
「バカ。」
手に持ったままだったプレゼントの角で、こつん、と突いてやったら、耳元で拗ねたように、
「なんで?」と聞き返された。
本当にコイツはバカなんじゃないかと思う。
「簡単に手に入るもので、満足できるのか?」
ああ、また喜ばせてしまったようだ。
これ以上きつくはならないだろうと思っていた、抱きしめる腕に更に力が入ったので、分か
る。
「獲得しろ。」
強い光を持った瞳に正面から射抜かれた。
緑色の視線が逃がさない、というように見つめながら、どんどん近づいてくる。
再び唇を奪われたとき、ドラコは自分が、とっくの昔に捕まってしまっていたと自覚した。
ハリーお誕生日おめでとう企画第一弾。
クィディッチのワールドカップ、実はこんなワンシーンもあったのです。とひっそり主張。
精一杯えらそうにするドラコは最高に愛くるしいです。
ハリーのほうが一枚上手に見せかけて、実はそこまで余裕綽々でもないのも、自分的ポイントの一つだったり。

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