好きな人となら一日中、一緒に居たって飽きっこない。
だから念願かなっての二人暮らし。
いつだって君を傍に感じていたいのに。
どうして君は、それが分からないんだ!
君と、二人暮らし
「放せ!」
早朝から爽やかとは言い難い怒声が響く。
白いカーテンに縁取られた窓からは快晴とは程遠く、今にも泣き出しそうな曇天が覗いてい
る。
自分の心の内を代弁しているようだと、ドラコは情けない思いで天を仰いだ。
「だから行ってきます、の挨拶は?」
ぬ、と視界に図々しくも割り込んできたのは、今更凝視するまでもなく見慣れてしまった男。
相手も暴れるドラコを押さえつけるノウハウには年季が入ったもので、痛みを与えない程度
の、けれど絶対に抜け出せない力加減で、がっちり羽交い絞めにしてきている。
「嫌だ!放せ!遅れる!!」
目が合った、ほんの一瞬で視線のみならず思考まで奪われてしまいそうになって、ドラコは慌
てて更に激しく身をよじる。
「新婚熱々のハニーに朝の挨拶もしないで出かけてっちゃう、なんて、ダーリン失格だよ?」
耳元に送られた囁きは、可愛くもなんともない低音のクセに、やたらと甘くて。
「誰がハニーだ―――ッ!気色悪いことを言うな!!」
「痛ッ!」
ぐい、と当てずっぽうに踏み出した踵が、向う脛付近をヒットしたらしい。
拘束する力が緩んだ隙を逃さず、ドラコは腕から抜け出し、足の痛みに呻くパートナーに向き
直った。
「昨日のアレを忘れたとは言わせないぞ、ポッター!!」
「昨日?」
眦に涙を溜めて、はて、と首をかしげたハリーを、ドラコは思い切り睨み付けた。
ハリーとドラコが一つ屋根の下に寝起き(一つベッドに寝起き?)するようになったのは、4ヶ
月前からのこと。
ホグワーツを卒業したら、すぐに!を一方的な合言葉にして、同棲計画を推進してきたハリ
ーだったが、計画は往々にして変更を余儀なくされるものであって。
まして昼メロも真っ青の山あり谷ありな恋路の果てのハッピーエンドとあっては、そう簡単に
辿り着けるはずもなく、結局予定は一年遅れで実行に移されたのだった。
同居にあたり、ドラコは先手必勝とばかりにハリーに宣言した。
「お前に養ってもらうのだけはごめんだ」
と。
ドラコの主要構成要素は見栄とプライド。それに我侭。
成人男子でありながら、誰かに扶養されるつもりはこれっぽっちもなかった。
そんなドラコにハリーは、彼にしては含みのない笑顔で答えたのだった。
「じゃあ君が僕を養ってね」
あまりに屈託のないその返答は、明らかにドラコの予想外のものだった。
いつも煩いくらいに付きまとってくるハリーのことだから、てっきり一緒に暮らすようになった
ら、僅かな外出さえも行き先から目的、帰宅時間まで逐一報告を強要し、より悪化すれば軟禁
状態にさえ陥りかねないのでは、と危惧していたのに。
このあっさり具合。
拍子抜けしつつも、プライドの無いヤツめ、と憎まれ口を叩くのは忘れなかったけれど。
ハリーなりに気を使ってくれているのだ、ということはなんとなく分かった。
ヴォルデモートを倒し、二度目の伝説を作り上げた英雄のことだ。彼さえ望めば、好条件の
働き口など引く手数多だっただろう。
それなのにどう考えても彼よりはるかに頼りがいの無いドラコに、養ってね、なんて頼るような
ことを言って、いつだってハリーに敵わないで、ハリーに頼るしかないドラコの心を、傷つけまい
としてくれている。
見方によっては、どうせ僕には敵わないんだから一つくらい譲ってあげるよ、と言われている
ように感じられなくもなかったが、それでも、生まれてはじめての扶養家族をしっかり養っていこ
う、と男らしく張り切ったドラコに。
その、男のくせに「ドラコが旦那さんなんだから、奥さんは僕だね」と恥ずかしげも無く言って
のけ、幼少期に鍛えられた家事の手腕を日々、惜しげもなく発揮し、はっきり言って完璧な主
夫ぶりのハリーは。
かなり過剰な愛情表現をしてくるのだ。それも毎日、飽きもせず。
しょせん男、しょせん19歳。若さの暴走といってしまえばそれまでのことだけど、曲りなりにも
まっとうな社会人として生計を立てようとしているドラコにとって、それでは済まされない。
慣れない仕事に疲れて帰ってくれば、暖炉から体が抜けきる前に唇を塞がれ、お帰りなさい
の熱烈な歓迎。ハリーが腕を揮った料理の数々は食べさせっこが基本。お風呂とベッドはわざ
わざ特注した、巨大と言いたくなるようなサイズで、詳細は語るまでもなく。
それでもかろうじて、夜の間のことならば我慢もできる。
多少の寝不足も男の甲斐性の試練と思って乗り越えよう。
問題は、その寝不足を押してでも出勤しなくてはいけない朝。
睡眠の充実した一般家庭でさえ、時間との戦いで大騒ぎになる、朝の時間。
ハリーは愛情を表現することを止めないばかりか、ドラコにもお返しを要求してくるのだ。
『おはようのキス』が『おはようの人に言えないアレコレ』に発展することはしばしばで、更に最
悪なのは『行ってらっしゃいのキス』が――――
「いいじゃん、出かける前のキスくらい。僕たち新婚なんだから。」
「貴様は僕の学習能力をなめているのか!?」
ドラコがそう怒鳴るのも当たり前で、なにしろ昨日の『行ってらっしゃいのキス』は最終進化
形、『行ってらっしゃいの×××』になってしまったのだ。
結果、それは行ってらっしゃい〜どころか今日は風邪のためお休みしますという定型文を、
ハリーが職場に伝えるという事態を生んだ。
ダーリンのフォローは妻に任せて!と自慢げに反り返ったハリー殴り倒したところで、腰が立
たずに欠勤した事態は変わらない。
「キスくらいで済んでいたら誰がここまで抵抗するかっ!」
思わず飛び出た言葉が、音になって跳ね返ってきたところでハッとする。
自分がとんでもない墓穴を掘ってしまったことに気づいたからだ。
メガネの奥で緑色の瞳が期待に満ち溢れてキラキラしている。お星様とハートマークまで飛
びそうな勢いだ。
「本当!?キスだけだったら嫌じゃないんだね?よーししよう、すぐしよう、今すぐキスしよ
う!!」
がし、と肩を捕まれて、ドラコは観念した。マントルピースの置時計は、今すぐフルーパウダー
を被って出勤しなければいけない時間だと教えている。
「ほ、本当にキスだけだからなっ!」
迫り来る唇を必死で交わしながら、確認は取っておく。
聞いているのかいないのか、うんうん、と適当な返事を返していたハリーが、あっという間にド
ラコの唇まで到達した。
そっと重ねるだけの口づけは、吐息を近くに感じてしまい妙にくすぐったく、気恥ずかしい。
いったん離れていったと思ったら、今度は唇の端や頬に何度も軽いキスを降らされて、ドラコ
は眼を開けるタイミングを逸してしまった。
「ドラコからも、して」
その言葉に促されるように、ドラコは眼を閉じたまま感覚だけでハリーの唇を求めた。
元々至近距離にあった目的のものは、あっという間に見つかる。
すっかり敏感になってしまった唇に、彼のそれを感じてドラコは小さく嘆息した。
不意に、背中に回された腕に力が込められた。

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