お誕生日にはたくさんのプレゼントを用意して
ケーキに立てたローソクへ火を灯そう。
そして小さな祈りと共に吹き消して
この日があることを感謝するんだ。
Hearty・Party(ハーティー・パーティー)
「お誕生日パーティーをしましょう」
きっかけは少女の一声だった。
「誰のだ?」
黒い革張りのソファーに腰掛け、偉そうながらも優雅に足を投げ出した状態でドラコが尋ね
る。考えうる限り、バースデーの近い同級生はいなかったはずだ。
「スネイプ先生よ。今週の土曜日なの」
「スネイプ先生?」
ちょっと思いつかなかったその人物の名に、あちこちから軽い驚きの声が上がる。
クリスマス休暇が終わったばかり、就寝時間直前の談話室の一角には提出を控えた宿題の
答え合わせをしている一年生ばかりが寄り集まっていた。
その答え合わせも一段落したところで先ほどの発言で同級生達の注意を集めたパンジー
は、誰も知らなかった情報を仕入れてきたという得意さを漂わせて続けた。
「いつもお世話になっている感謝を込めてお祝いしましょうよ。こっそり準備して、びっくりさせて
あげるの!きっと喜んでくれるわ」
スリザリン生は学校中から自己中心的かつ排他的と思われているが、事実である。
しかしそれゆえ寮内の結束は固く、学年を超えたつながりが他寮よりずっと強い。それは生
徒達が寮監―――つまりスネイプを慕う気持ちにも言えることで。
パンジーの提案にまず女子生徒たちがこぞって賛同し、そうなると最初はどっちでもいい、と
いう雰囲気だった男子たちもその気になってきた。ドラコは、といえばもちろん最初からやる気
満点だった。スネイプはホグワーツでドラコを特別扱いしてくれる数少ない、理解ある人物だ。
自分にとって都合のいい人物に対しては、折を見て普段の労をねぎらうのも処世術の一つだと
父から教わっている。
「私がケーキを作るわ。クリスマスに家で作り方を覚えてきたの」
パンジーが言いながら微かに頬を赤らめ、チラリとドラコを盗み見る。彼女としてはさり気なく
女らしさをアピールしたつもりなのだ。もっともさり気なさ過ぎて功を奏さなかったが。
「プレゼントは何がいいかしら」
「場所は?女子寮じゃ男の子たちは入れないから、やるなら男子の寝室よね」
「それより魔法薬学の教室がいいんじゃない?」
わいわい盛り上がる少女達に圧倒され気味の男子生徒を横目に、ドラコは広げてあった教
科書類をまとめながら呟いた。
「土曜日が楽しみだな」
「あー諸君、盛り上がっているところ大変恐縮だが、消灯時間はとっくに過ぎているのだがね」
「せっ、先生!!??」
一年生全員が文字通り飛び上がった。いつの間にか、スネイプが背後に立っていたのだ。
「す、すみません、すぐに寝ます!」
「先生、いつからいたんです?」
「今のは先生には関係ない話ですから!いえ、本当は関係ありますけど……あっ……」
「余計なことを言うな!…とにかく先生、おやすみなさい!!」
生徒達がクモの子を散らすように散っていったあと、談話室にはスネイプだけがぽつんと取り
残された。
ドラコはいったん寝室につながる扉の向こう側に身体を滑り込ませたものの、なんとなく気に
なって、逃げたふりをして扉の影からそっとスネイプの様子を窺った。
暖炉の中で炎が放つオレンジ色の光に照らされた横顔は痩せていて、なんだか寂しそうだ。
スネイプはやがてふうっと溜息をついた。
「避けられているような気がする……」
哀しげな呟きに、ドラコの胸が痛んだ。しかしせっかくみんなでスネイプをびっくりさせようとし
ているのに、教えるわけにもいかない。
「今週の土曜とは…?」
思いついたように目を上げ、スネイプは談話室の壁のカレンダーを眺めた。どきどきしながら
見守っていると、スネイプはやがて、あっという形に口を開けた。
ああ、気づかれちゃったか。でもこれで先生も喜ぶだろう。
だが予想に反してスネイプはますますむっつりと考え込むような表情になった。
「そうか、我輩も準備をしないとな……」
謎の言葉を残し、スネイプはすたすたと去っていってしまった。
「先生が自分でも準備をするって言ってたけど」
翌日、夕食後にこっそり打ち合わせに集まったみんなに、ドラコは昨夜の話をした。
「それって自分の誕生祝いを自分でやっちゃうってことじゃないか?」
「うわ、わびしい。でも教授ならやりかねないなぁ……」
「ザビニ、お前はまたそんな身も蓋もないことを」
ザビニの正直すぎる反応をノットが諌めたが、はっきり言ってドラコもザビニに賛成だった。
「誰がやっても微妙だけどスネイプ先生がそんなことしちゃったら……」
ミリセントが体格に似合わない可愛い動きで、ぶるっと大きく身体を震わせた。
だって、ちょっと想像してみよう。
あのセブルス・スネイプが、きっちり整頓された自室に篭って。
こっそり用意したケーキにローソクを立て、火を灯し。
ひくーいくらーい、地の底から響いてくるような歌声で
「ハッピバースデーチューミー、ハッピバースデーチューミー
……ハッピバースデーディア我輩……」
さらに妙に気合の入った拍手が合いの手を入れ………!!
「暗い。暗すぎる」
ドラコはふるふると頭を振って、恐ろしい想像を追い払った。
「せっかく私たちがパーティーを開いてあげようとしてるのに、それじゃ台無しだわ!」
「ドラコ、こうなったら土曜日までスネイプ先生を見張ってるしかないわ。先生が自分でケーキ
用意したりしないように!お願いよ?」
ケーキ担当で勝手に張り切っているパンジーが真剣な顔で念を押すので、ドラコは勢いに押
されて思わずうなずいてしまった。
かくして迎えた土曜日―――1月9日。
パンジーは朝食を終えると急いで厨房へ向かっていった。残りの生徒のうち、魔法薬学が比
較的得意な生徒はプレゼント用の薬を作り、それ以外の生徒がテーブルクロスなどの調達をし
ておくことになった。ドラコはもちろん薬作りに回った。
あれからみんなで話し合った結果、プレゼントには少しだけ高度な魔法薬を作って贈ることに
なった。図書館にあった上級生向けの魔法薬学の本に載っていた、飲むと幸せになれる薬と
いうやつである。
材料自体にそれほど特殊なものはないが、本を読むかぎり調合が大変微妙で難しいようだ。
だが魔法薬学では学年トップを争うノットと力を合わせればなんとかなるに違いない、とドラコ
は踏んでいた。ちなみにトップ争いにハーマイオニー・グレンジャーはカウントしなかった。カウ
ントしてしまうと自分がトップを争えなくなるからである。
そしてドラコの予想通り空き教室の一角で、薬は順調に仕上がりつつあった。
「あとは薬がオレンジ色になるのを待って、ニガヨモギの細切れを一つまみ。ニガヨモギが溶け
込んだら瓶に詰めて冷やす…簡単じゃないか」
慎重に鍋を掻き混ぜているノットの手元を覗き込んで、ドラコは重たい薬学の本をパタン、と
閉じた。
「ドラコ、こっちはもう大丈夫だからスネイプ先生の様子を見てきてくれない?」
ニガヨモギの細切れを入れるタイミングを見計らっていた女生徒に言われ、ドラコは何で自分
が、という顔つきになった。
「お前、パーキンソンに頼まれて分かったって言ってたじゃん。行ってこいよ」
すかさず、こちらはガラス瓶を片手にスタンバイしていたザビニからも援護射撃が加えられ
た。横ではノットまで、黙々と鍋を掻き混ぜながらも頷いている。
「……分かった。失敗するなよ」
軽く頬を膨らませて、ドラコは教室を後にした。その場の雰囲気とはいえ、してしまった約束
は約束だ。
スネイプが大広間での朝食後、魔法薬学の準備室に向かったところまでは確認した。いつも
はみんなと一緒に降りる地下の階段を一人きり、靴音を反響させながら降りていくと……
「あれ、先生……出かけるんですか!?」
ちょうど外出用のマントを羽織り、今まさに出かけようとしているスネイプに出くわした。
「―――ああ。なにか問題でも?」
ドラコの勢いにいささか面食らった様子のスネイプだったが、ドラコはといえばすっかりパニッ
クに陥っていた。
「ど、ど、ど、どちらへッ!!?」
「…ダイアゴン横丁だが」
「ダイアゴン横丁……」
ホグワーツ関係者なら誰でも良く知っているはずの地名を親の敵のように反復するドラコを、
スネイプが流石に怪訝な顔で見つめる。まさかドラコが、ははん、ダイアゴン横丁で自分用にプ
レゼントを買うつもりだな。と考えているとは想像もしなかったのだ。
「マルフォイ、我輩に用事があるのかね、そうでないならば…」
「僕も行きます!」
がしっ、と腕にしがみつかれた。
「マルフォ…」
かなり下の方から自分を見上げてくる薄水色の瞳を、スネイプは戸惑ったように見返した。
この年頃の子供が、何を考えているかなんて分からない。覚えてない。忘れてしまった。
けれど。
その眼は真剣そのもので。
「僕も一緒に行きます!」
言い出したら聞かない、という言葉がぴったりだと思わせた。

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