マクゴナガル先生に連れられ病棟に戻ると、真っ先にハーマイオニーが飛びついてきた。ハ
ーマイオニーは担架に乗せられたロンを見ると、大声で泣き出した。
「あなたに言われた通り、忍びの地図をずっと見張っていたの。ロンは消灯時間を過ぎてか
ら、何時間も談話室と男子寮の間のドアの影に立っていたので、これは寮を抜け出す機会を
窺っているんだと思ったの。そこへジニーがやって来たのよ」
 すでに手当てを受けていたハーマイオニーは、健気に涙を呑み込み説明した。
「ジニーのことなんて全然疑わなかったわ。ジニーは最初、あなたのことを尋ねたりしていたけ
ど、その内、私がベッドの上に置いていたグリフィンドールの剣に気付いたの。私、自分の目の
届く場所に置いてあった方がいいと思って…」
 マダム・ポンフリーに薬を飲まされたロンが、モゴモゴと何ごとかを呟いたので、ハーマイオニ
ーは言葉を切った。
「それでジニーはきみを攻撃して、グリフィンドールの剣を奪っていったんだな」
「ええ、地図に気をとられていたら、金縛りの術をかけられたの。おかげで忍びの地図をしっか
り掴んだまま指も固まってしまったから、ジニーに盗られずにすんだわ。あの人、しばらく地図
を取り上げようとしていたけど、諦めて行ってしまったの。急いでいるみたいだったわ」
「早く僕を始末したかったんだろう」マクゴナガル先生が全員分用意させた熱い紅茶のマグカッ
プを両手で包み込み、マルフォイが静かに言った。
「ジニー…リドルにとって、今夜こういう形でホグワーツを去るというのは、予想外のことだった
んだと思うわ。彼にとってはジニーのふりをして私たちの近く、特にあなたの傍にいることによ
って得る利益は大きかったでしょうから」
 ハーマイオニーが気遣わしげに言った。
「私やマルフォイを襲ったときに、死の呪文を使わず、蛇に止めを刺させようとしたのもそのせ
いよ。魔法の痕を調べられたとき、少しでも自分に疑いがかからないようにしたかったんだわ」
「結果的にそれがきみたちの命を救い、あいつの足元をすくったんだ」
 ロンが今度は長々と呻き声を上げたかと思うと、両目をぱちりと見開いた。ハーマイオニーが
屈み込んで、優しく尋ねた。
「気分はどう?」
「最悪」
 ハーマイオニーは笑った。その両目から新しい涙がこぼれ落ち、ロンの顔に落ちた。ロンは
包帯を巻いた頭を巡らせて、周りの人々を確認した。
「ジニーは?」
「行ってしまった」マクゴナガル先生が立ち上がりかけたが、ハリーは自分から伝えるべきだと
思った。「止められなかった。ごめん」
 ロンは深いため息をついた。
「おかしいと思ったんだ。昨日の真夜中、なんでか分からないけど突然目が覚めたんだ。あん
な風にさっぱり目が覚めたことなんて一度もないのに。なんだか胸騒ぎがして少し外の空気を
吸おうと、窓を開けたんだ。そしたらジニーが…フードをかぶっていたけど、自分の妹を見間違
えるもんか。こんな夜更けに一人っきりで出かけるなんてどうかしてると思ったけど、どうも様子
がおかしかったから後をつけたんだ」
「マルフォイが蛇に襲われているところを見たのか?」ハリーは聞いた。
「いや、はっきり見たわけじゃない。玄関ホールまで来たところで、ちょうどジニーが帰ってきた
んだ。ひどく慌てていて、柱時計の影に僕が立っていたことにも気付かなかった。その後すぐ
に、クルックシャンクスが鼠みたいなものをくわえて戻ってきた。それっきり何も起こらなかった
から、ジニーが何をしていたのか見てやろうと思って、校庭をしばらく歩き回ってみたんだ。そ
れで、血の跡を見つけた」
 ロンはマルフォイの視線を避けて言った。「それを見たら急に怖くなって、急いで談話室に戻
ったんだ。そこで女の子たちに、きみたちが医務室に行ったって教えられて…あとは分かって
るだろ」
「きみを疑った。本当にごめん」
 ハリーは頭を下げた。
「僕はてっきりきみとジニーが、真夜中のデートをしたんじゃないかって疑ってた」ロンが苦笑し
た。ハーマイニーが泣きながらロンにしがみついたので、マダム・ポンフリーは傷に障ると言っ
て慌てて二人を引き離した。
「それで今夜、僕はジニーがまた寮を抜け出すんじゃないかと思って談話室を見張っていたん
だ。そうしたら案の定ジニーが女子寮をから出てきたじゃないか。しかも片手にグリフィンドー
ルの剣を持っている。僕はすぐにでも後をつけるつもりだったんだけど、グリフィンドール塔か
ら出ない内に、クルックシャンクスに足止めを食らったんだ」
「クルックシャンクスに?」ハリーは改めて、あの猫の優秀さに舌を巻いた。
「ああ、あいつにズボンの裾を引っ張られて、結局寮に戻らされた。あの猫はすごいぞ、女子
寮の階段を僕らが登れるようにするツボを心得てるんだ。右側の壁の何番目だったかな、色
の違う煉瓦があるんだ、そいつをちょっと押すと…」
 マクゴナガル先生が大きく咳払いをした。
「とにかく、そんなわけで僕はハーマイオニーが倒れてるところを見つけたってわけだ」ロンが
取ってつけたように言った。「びっくりしたよ。床には八つ裂きになった蛇が伸びてるし、ハーマ
イオニーはかちんこちんになってるし」
「ロンが私の金縛りの術を解いてくれたの」ハーマイオニーが言った。
「忍びの地図を見るとジニーが医務室に向かっているところだったので、私はすぐにDAの金貨
を変化させたわ。だけど手が痺れてあまり上手にできなくて…」
「十分だったよ」ハリーは言った。
「すぐに援軍に行きたかったんだけど、体が痺れてなかなか立ち上がれなかったの。そうこうし
ている内に、今度はあなたたちは天文台の塔まで追いかけっこを始めるし…」
「だから、ハーマイオニーには後からゆっくり来いって言って、僕だけ先にきみと合流しようと思
ったんだ。グリフィンドール塔から天文台の塔までなら、先回りができる抜け道を知っていたか
ら」
 ロンが言った。
「結局きみが来る前に、ジニーに失神させられちゃったけど」
「きみたち二人とも、本当によくやってくれたよ」
 ハリーはロンとハーマイオニーの手に、自分の手を重ねた。
「結局、ハッフルパフのカップは持ち去られてしまったのね?」ハーマイオニーが言った。
「必要の部屋を出るときに、私がジニーに『ウィンキーを探して』って頼んだわ。ジニー…リドル
はきっとその言葉をヒントに、私たちより少し早くウィンキーを発見して、ハッフルパフのカップ
を持ち去ったのよ」
「リドルはヴォルデモートとは違う、自分なりの計画を持っていると言っていた」
 ハリーは考えて言った。「それがどんな計画なのか知りたくもないけど、きっとカップはあいつ
の目的を達成するために必要なんだろう。それからグリフィンドールの剣も」
 その場に居合わせた人々全員が、ハリーの膝の上の剣に視線を向けた。ロンが極めて軽い
口調で言った。
「まとめるとこういうことか? 僕たちには倒さなきゃならない敵が一人増えた」
「そうだな。しかも二人揃って僕の命とグリフィンドールの剣を狙ってる」
「やっかいね」
 ハーマイオニーは言ったが、表情は穏やかだった。愛する者を失った痛手は大きかったが、
また信頼できる仲間を取り戻せたということは負った傷を癒す効果があった。それに新しい仲
間もいる。ハリーはマルフォイに笑いかけた。
「ポッター、明日のホグワーツ特急のことですが」
 マクゴナガル先生が口を開いた。「事態が事態ですし、私たちも混乱しています。アーサーと
モリーにはすでに連絡を取りましたので、夜明け前にはホグワーツに到着するでしょう。彼らに
説明を行うとすると、少なくとも私は列車の時間には間に合いませんので、しばらくホグワーツ
に留まると思います。あなたたちはどうするつもりですか」
「先生、それについて考えていたことがあるのですが」ハリーは言った。「ホグワーツを僕たち
の基地にするわけにはいかないでしょうか」
 マクゴナガル先生は鳩が豆鉄砲を食ったような顔になった。「基地?」
「そうです。トム・リドルはともかく、ヴォルデモートは今後も徒党を組んで魔法界を攻撃し続け
るでしょう。僕らは対抗するために、一丸となって協力する必要があります。そのための基地と
して、ホグワーツを使うわけにはいかないでしょうか」
 頭の中を渦巻いていた途方も無い構想が、一度言葉にしてみると意外と実現可能なもので
あるように、ハリーには思えた。
「明日のホグワーツ特急で、予定通り生徒たちは家に帰すべきだと思います。だけど、もし僕
たちの考えに賛同して、残りたいという生徒がいるなら許可してはどうでしょう。不死鳥の騎士
団のメンバーはもちろん、生徒の家族やホグズミートの人たちにも知らせて、とにかく一緒に戦
ってくれる仲間は誰でも受け入れるんです」
 マクゴナガル先生は厳しい顔をして黙り込んだままだ。
「ザ・クィブラーに広告が出せるわ。それにリータ、あのコガネムシに記事を書かせましょう」
 真っ先にハーマイオニーが賛成した。
「私、クラムに手紙を書いて、ダームストロングからも応援を頼むわ。フラーにはあなたから伝
えてくれるわよね、ロン」
 クラムの名前が出た途端、ロンがあからさまにふてくされたので、ハーマイオニーは慌てて付
け足した。
「僕たちには仲間が必要です。情報を交換して、互いに信頼関係を結ばなければ、ヴォルデモ
ートに対する勝機はありません」
 マクゴナガル先生は重々しく言った。
「陣営の人数が増えれば、敵が入り込む余地も多くなります。あなたはそれでも構わないので
すか」
 てっきり頭ごなしに反対されるとばかり思っていたハリーは、思わぬ答えに戸惑った。
「構いません。どんなに多くの人数であっても、僕たちは信じ合うことができる。それがとても難
しい時もあるけど、何よりも大切なことです」
 ハリーはロン、ハーマイオニー、マルフォイの顔を順に見回した。今日だけで何度、信じるこ
とを諦めかけただろう。だがそれはハリーの間違いだった。
「ダンブルドアがそれを僕に教えてくれました」
 マクゴナガル先生は立ち上がった。
「先生方にあなたの意見を伝えてきましょう」
 ハリーは笑顔になった。ハーマイオニーがロンの手を握り締めたまま、何度も深く頷いた。ロ
ンは欠伸をして、目元にたまった涙をごまかすと「ま、こんなもんだろ」と言って、枕に顔を埋め
てしまった。
「これ」ハリーと視線が合ったマルフォイが、唐突に思い出したように透明マントを差し出した。
「落としていっただろう。勝手に使わせてもらった」
「ああ」
 ハリーはマントを受け取った。そしてしばらくの間、マルフォイの方を見ないようにしたまま、意
味もなく裏地を確かめたり、ひっくり返したりしていたが、ついに決心すると顔を上げた。
「マルフォイ、きみは僕の命を助けてくれたね」
 ハリーの言葉にマルフォイは赤くなり、そっぽを向いた。しかしハリーは臆せずに右手を差し
出した。
「どうもありがとう」
 引っ込みそうになる右手を追って、無理矢理握り込んだ。マルフォイは耳まで真っ赤にして、
ハリーからの握手を受け入れた。






End






         



このお話は6巻を読んでわりとすぐに思いついたネタでした。
形にするのが難しくて、1話アップしては2ヶ月休み、1話アップしては4ヶ月放置…
なんてことを繰り返してしまいましたが、2008年の夏コミでようやく完結。
そこからまたオンラインにアップするまでに手間取ってしまいましたが、
なんとかこうして、サイト上でも完結させることができました。

ハリジニ好きの方にはとてつもなく申し訳ない展開ですが、
ぶっちゃけ2巻を読んだ時から(ジニー催眠、日記破壊でリドル消滅END)
『ジニーラスボス説』
がどうしても頭を離れなかったんです…あとあのバレンタインの電波ソング
(あなたの瞳はカエルの新茶漬け〜?みたいな)も、今思い返せば
ラスボスとしての風格充分でしたね!

なかなか更新できないこのお話を「待ってます!」と拍手などで励ましてくださった皆さま
本当に嬉しかったです。どうもありがとうございました!!